世界2団体統一王者スティーブン・フルトンとは、どんな人
井上尚弥は、世界の現役ボクサー最強リスト“パウンド・フォー・パウンド(PFP)”の議論でトップを争う存在だ。WBC・WBO統一世界スーパーバンタム級チャンピオン、スティーブン・フルトンは、絶大な評価を勝ち取ったその“モンスター”のホームにあえて赴き、挑戦を受ける。不利な戦いであろうとも。そこに、このアメリカ人王者の強い覚悟がみえる。
文・写真 宮田有理子 Text&Photo by Yuriko Miyata

イノウエとの戦いを、自ら望んだ
WBCとWBOのベルトを持つ世界2団体スーパーバンタム級チャンピオン、スティーブン・フルトンは、井上尚弥にとって、初めて戦うアフリカン・アメリカンのボクサーである。
本場アメリカ・ネイティブの世界チャンピオンがはるばる日本へやってくること自体、まれなのだ。2019年7月にWBA世界ミドル級王者ロブ・ブラントが大阪で村田諒太(帝拳)の激烈なリベンジに遭ったことは記憶に新しいが、そこからは、2000年1月に福岡で越本隆志(福間スポーツ)を退けたフレディ・ノーウッドまで遡らなければならない。
いまや井上尚弥が世界の軽量級の中心人物、という状況がある。彼の動向ははるか彼方まで反響する。昨年12月、ポール・バトラー(イギリス)を倒してバンタム級史上初の世界4団体統一を果たした井上が、4階級目となるスーパーバンタム級への転向を宣言するや、新階級での“モンスター”の行方を人々は論じ合い、対戦候補の筆頭として、WBCとWBOのタイトルを持つフルトンの名は挙がった。
スピードあるボクサータイプの新鋭からチャンピオンとなったこの数年、一戦一戦が充実している。2021年1月にアグレッシブなアンジェロ・レオ(アメリカ)からWBO王座を奪い取った時は、近い距離の打ち合いにも応じた上での圧勝劇。10カ月後の次戦はWBC王者ブランドン・フィゲロア(アメリカ)との統一戦で、大柄な激闘派をインサイドでも巧みに処理して競り勝った。昨年6月には日本のファンにも馴染みの元WBA・IBF王者ダニエル・ローマン(アメリカ)を、得意のアウトボクシングでほぼ完封している。
そんなチャンピオンに、リモートながらインタビューを試みたのはクリスマス前。熱心なムスリムであるフルトンにとってクリスマスは祝日ではなく、「今、ジムから戻ってきたところだよ」と言った。生まれ故郷のペンシルベニア州フィラデルフィアからの避寒も兼ね、練習相手が豊富だというテキサス州ヒューストンでのトレーニング期。ローマンから奪った2王座を保持するムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)との4団体統一戦を熱望しつつもそれがなかなか決まらず、すでにフェザー級に上がったフィゲロアとの再戦が、決定間近と噂されていたころだ。
一人がドローの採点をつける判定勝ちに議論が残ったフィゲロアとの再戦プランには、WBCフェザー級の暫定王座もかかり、交渉はもう終わったも同然、と本人は話した。「来年(2022年)の早いうちに発表されると思いますよ」。169cmの身長で、2014年のプロ入りからずっと55.3kgのスーパーバンタム級で戦ってきたフルトンは、減量の苦しさを否定しなかった。が、57.1kgのフェザー級に上げてフィゲロアと戦っても、また55.3kgに戻る可能性もあるという。そして、53.5kgのバンタム級から上がってくる日本の“モンスター”についての質問にも答えた。
「スーパーバンタム級の体重をつくるのが大変なのはたしかです。ましていちどフェザー級に上げてまた戻すことになると、今までの10倍は厳しく自分を律しなければならないでしょうね。4団体統一のチャンスがあるなら、それでも戻します。イノウエと対戦する可能性も、ありますよね。いい試合になると思います。スーパーバンタム級に戻るモチベーションにも、なります。自分にとって魅力的で、価値のある戦いです」
あくまで目の前にあるのはフィゲロアとのリマッチ、という前提のインタビューだった。だが2023年が明けて、聞こえてきたのは、フルトン対井上戦の噂であり、それは正式な発表へと至るのだ。フルトン対フィゲロア再戦を計画していたショータイム・スポーツのスティーブン・エスピノサ社長に、経緯をたずねた。
「誰よりフルトン自身が井上との対戦を望んだ、それに尽きます。フィゲロア再戦の交渉を進める過程で、実はチームは井上サイドとの話し合いを始めていて、そちらのリアリティがどんどん大きくなっていったのです。フルトンにとって、逃すには大きすぎるチャンスだったでしょう」
チャンス。価値ある戦い。現役最強の議論に乗るビッグネームのホームへ出向くチャンピオンにはおそらく、最上級の条件が提示されたはずだが、何よりこのカードがもつインパクトの大きさ、である。17階級に4本ずつ、都合によってさらに増える“世界チャンピオン”になるだけでは、足りない。チャレンジングな選択を続け、リスクを冒して戦って、名声は得られる。戦歴からでも、フルトンがそう心得ていることは見てとれる。前出のインタビュー中、モニターの向こう側で1歳になる二人目の息子、ワシアを抱いていたチャンピオンに、彼らの存在は戦うモチベーションであるか問うと、きっぱり否定した。
「ボクシングは、戦うのは自分のためだ。子供は可愛いし、私が育ってきた環境よりいい環境を与えたいとは思うけれど、それはボクシングとは別だね」
ボクシングだけが、成功の道をくれた
契約するプロモーショングループPBCのフルトン紹介ページに、彼のヒストリーが記されている。
1994年7月、映画『ロッキー』の舞台でもある古都フィラデルフィア生まれ。ノース・フィラデルフィアの、アメリカで“プロジェクト”と呼ばれる低所得者のための公共住宅で、一人の姉と二人の妹と、母によって育てられた。父は強盗の罪を犯し、“ジュニア”の生後数か月から10年間、塀の向こうにいたためだ。出所すると、犯罪にドラッグ売買、死も隣り合わせの劣悪な環境を生き抜いた一人息子を、ボクシングジムへと導いた。
「学校のゲートには金属探知機があるようなところで育ってきたんだ。友達は大人になる前に何人も死んだ。そんな経験を、怒りも憎しみもぜんぶ、リングにぶつけてきた。ボクシングだけが私に成功の道をくれた。私をここへ導いてくれた父に、本当に感謝している」
かかっているのは尊厳だ。ボクシングに救われた自分がスポットライトを浴びることは、地元の人々の希望になる。古くから数々の王者を生んだボクシングの都“フィリー”の、現役の世界チャンピオンは、暫定のIBFウェルター級王座を持つジャロン・エニスと、自身だけ。まさに、故郷を代表する存在である。
「誇りに思います。でもフィラデルフィアの街はいま、ボクサーに対してかつての敬意をもっていないんじゃないかな。76ers(NBAバスケットボール)やPhillies(MLB野球)に対するようなね」
無敗の二冠王者は、いまも飢えている。
日本へ向かう前の2週間、チーム・フルトンは西海岸へ移動。ローマン戦から参謀の一人となった気鋭のトレーナー、ジュリアン・チュアがいるロサンゼルスで最終調整を行った。チュア・トレーナーは、昨秋、チーム井上が行なったロサンゼルス・キャンプを、自身が指導するスーパーバンタム級の世界ランカー、アザト・ホバネシアン(アルメニア)とともに訪れている人物だ。
「その時に感じたことからヒントを得ている。私たちは井上が特別なボクサーであることを理解しています。けれどね、フルトンは、これまでだって難しい戦いを選んできた。彼は、けっして恐れない人なんです」
チュアの話をもっと聞こうとジムの前で待っていると、思いがけず、フルトン自身に遭遇できた。時期が時期だけに本人のインタビューはNGであると事前に言われていたが、出発前日のトレーニングを終えたチャンピオンは、穏やかな表情で、手を差し出してくれた。日本の夏は蒸し暑いことと、あとは、日本から戻ってきた時に話を聞かせてほしいと伝えた。
「もちろん。なんでも話すよ」
よい戦いであることを祈り、ジムをあとにする一行を見送った。どんな結果であったとしても。聞きたいことは、たくさんある。