DRY EYE 〜非感情的ボクシング論〜

第2回 中谷潤人(M.T) 

自信と冷静、迂闊さの共存

評価を高めながら、伸びしろを大きく残す中谷潤人

文_増田茂 写真_山口裕朗

Text by Shigeru Masuda  photo by Hiroaki “Photo Finito” Yamaguchi

 意外と見過ごされているが、試合当日のボクサーのウェイトは、試合の展開を推し量る上でのヒントとなる。その重要性は、計量実施が試合前日となって以来、大きく増した。

 9月18日の夕刻、中谷潤人(M.T)のウェイトは58.4㎏。前日計量時から6.4㎏もリバウンドし、挑戦者アルヒ・コルテス(メキシコ)を1.4㎏上回っていた。

 この58.4㎏という数値は、井上尚弥(大橋)が1階級上のバンタム級王者時代の中頃に記録していたものとほぼ重なり、スーパ-フライ級の標準値を大きく上回る。近年の日本で行われた同級タイトル戦でこの上をいくのは、前WBA王者ジョシュア・フランコ(アメリカ)が、井岡一翔(志成)とのいわくつきのタイトル戦2試合の当日に記録した59.4㎏(初戦時)と60.2㎏(再戦時)くらいのものなのだ。事前に噂されていたとおり、転級まもないにもかかわらず中谷の減量苦は明らかで、6.4㎏のリバウンドは中谷のボクシング自体にも少なからぬ影を落としていたように思う。

スーパーフライ級をつくる減量の影響は少なからずみえる

3度倒れたメキシカン

 コルテスは身長166㎝と同級では標準サイズのボクサー型だ。やや武骨な外見に似ずディフェンスにも長けており、試合巧者の同国人ファン・フランシスコ・エストラーダが手を焼き、1~3ポイント差の判定勝ちにとどまったのもうなづけるポテンシャルを持っていた。1ラウンド早々、右ジャブの軌道で打ち出し、コルテスの左腕の上を通過しながら右フックに変化してくる中谷のパンチを、コルテスはアゴの引きでいなし、リターンの右を持っていった。

 巧さや柔軟性を表立っては感じさせないが、距離感に長けていて、機敏なリアクションをみせた。左ストレートを含め、中谷のパンチを完全にはかわしきれないまでも、モロに食わずに流していた。ただボディを除いては……。

この試合、中谷はボディで3度のダウンを奪い、計37ポイントの差をつけた

 ボディブローで3度のダウンを喫しながら試合終了ゴングを聞いたコルテスのタフネスを評価する声も聞こえたが、それは中谷の勝利を美化するためのイメージ・コントロールではないか。ボディで3度倒れたボクサーに対する評価としてはいささか妥当性を欠く。コルテスの回復力と耐久力か、仕留めきれなかった中谷の詰めの甘さか、いずれの視点に立脚するかで評価は変わるが、エストラーダがジャッジ3者の合計ポイントで7ポイント差勝利にとどまったコルテスに、37ポイント差をつけたスコア上の事実は揺るがない。

低ヒット率は何を語るか

 中谷の有効打は印象的で見栄えが良く、現場の放映サイドもインターバルに見せる前ラウンドのスローVTRの材料に事欠くまい。

 そんな試合内容のイメージとは裏腹に、中谷のパンチのヒット率は世界王者レベルとしてはかなり低い。直近の2試合を例に挙げると、アンドリュー・マロニー(オーストラリア)戦が19.1%。アルヒ・コルテス(メキシコ)戦も18.4%にすぎなかった。

 対戦相手のスタイルやレベルの差異もあって一概に比較はし難いが、同じサウスポーのボクサー型、ライト級のシャクール・スティーブンソン(アメリカ)の直近3試合の平均ヒット率は40.2%を記録している。

 中谷の低い数値は必ずしもヒットすることを目的としないパンチ、セットアップブロー(有効打をヒットするための「作り」を入れるパンチ)や、逆にストッパー(相手の打ち出しを制御するパンチ)を多用しているためだ。中谷の場合は右ジャブがこれに相当する。マロニー戦では272発のジャブを打ち出してヒットは12発のみでヒット率は僅か4.4%。コルテス戦は全パンチ数の67%にあたる605発ものジャブを打ち、ヒットは64発でヒット率は10.6%だった。

 このパンチの効果に加え、中谷のサウスポースタイルとサイズ上のアドバンテージもあるのだろう。マロニーもコルテスも、通常の彼らの平均値とは程遠い数のパンチしか打てていない。そして中谷はマロニーの1.5倍、コルテスの2倍のパンチをヒットしている。

 おなじみCOMPUBOXの計測によるこの2試合のラウンド毎のヒット数をグラフ化してみた。ラインの推移は割と淡々として、たいしたヤマ場もないままイーブンペースでラウンドを刻んでいるかのようだ。

 中谷のヒット数が大きく上回ったのは、マロニー戦ではダウンを奪った2、11ラウンドと試合を終わらせた12ラウンド。またコルテス戦は、ボディで2度のダウンを与えた5ラウンドよりも、KO決着を意識して打って出た12ラウンドに顕著な差がついた。

 一方、中谷のヒット数が下回ったのはマロニー戦は6、7ラウンド。コルテス戦では10ラウンドのみだった。

誰もが認めるナイスガイは、リング内では誰より非情になれる

“VITAL AREA”の戦い方

 サッカーの常用語に「バイタルエリア」というものがある。得点が生まれやすいペナルティエリア周辺であり、攻防ともに最も緊張感を要する領域を意味している。

 ボクシングで言うならば、互いの有効打、ダメージングブローが生まれるミドル&クロスレンジだ。中谷はこの領域でガードを不用意に落としてしまう頻度が比較的高い。コルテス戦ではマロニー戦と比べると細かな回り込みのステップにキレがなく、パンチの左右の繋ぎにシャープさを欠いていた。左ストレートで打ち終わるパターンも多く、打ち抜きが利いているため、上体もその分前に流れてフォームの崩れが大きかった。前戦に比べれば見た目にも弛めの身体にリバウンドの影響をみる思いもしたものだ。

 それ以前に、中谷の左ロングはフック、ストレート、アッパーと自在に打ち分ける展開力に長けている反面、テイクバックモーションがかかるケースも少なくはない。コルテスにしてみれば打ち終わりに右を狙いやすく、とりあえずでも打ってみる価値はあった。そうした中で被弾した6ラウンド後半の右は、2年前のWBOフライ級タイトル戦の2ラウンドに食ったアンヘル・アコスタ(プエルトリコ)の右アッパーと並ぶ痛烈なダメージングブローではなかったか。

 また、ショートブローに長けていてクロスレンジでのパンチ交換も厭わぬ自信は貴重だが、それは時に相手の未必の故意によるバッティングを誘発し、要らぬカットを被る可能性も増す。完全アウェーのリングでマロニー戦の3ラウンドに負ったようなカットが生じれば、バッティングではなくパンチに因るカットとされるリスクも意識したうえで、安易にインファイトにつき合い、ボディコンタクトを増やすべきではない。サイズ上のアドバンテージも、やはりフライ級時から僅かながら目減りしているのだから。

 より完成度の高かった、同時期の井上尚弥に比べて、試合展開のそこかしこに「迂闊さ」を垣間見せ、雑味を多く残しながら中谷は結果を出し続けている。その点では、むしろ読み切れない伸びしろを感じさせた。

初防衛を果たし、3階級目に打ってでる日は遠くなさそうだ

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