
大きい興行を中旬に控えて比較的スローだった9月第一週。アメリカ・カリフォルニア州ではサンディエゴ郊外のペチャンガ・カジノで、スーパーライト級で世界タイトル3度挑戦のホセ・“チョン”・セペダ(アメリカ)がリング復帰。古参イバン・レドカチ(ウクライナ)を2回2分2秒でKOした。
Photo & Text Yuriko Miyata
35歳、ホセ・“チョン”・セペダは戦い続ける。悲願の世界王座獲得へ3度目の正直、と臨んだレジス・プログレイス(アメリカ)とのWBCスーパーライト級王座決定戦で11回に力尽きてから2年。敵地で新鋭ふたりに連敗もし、長いキャリアにピリオドを打つかと思われたベテランは、ローカルファイトからもう一度、立ち上がった。地元ボールドウィンパーク市からは南に2時間以上のドライブも、ペチャンガ・カジノの3300人収容の催事場はほぼ満席、熱い声援が充満した。
サウスポー同士の試合自体は、長い時間を必要とはしなかった。それは多くが予想したことだろう。数々のビッグネームに立ち向かってきたイバン・レドカチは体の芯に深いダメージを溜めているはずで、動きも反応も緩慢と言わざるを得ない。同じ2009年のプロデビューで、2連敗からの再起戦であるセペダももちろん状況は厳しいが、レドカチは比ではなかった。

スーパーライト級でも小柄だったセペダは、出てくる大柄のウクライナ人を多彩な右リードで遠ざけて、左クロスを狙っていった。そして右から左ボディブロー。この腹へのパンチがあきらかに効果的で、初回の終盤にはこの左ボディブローを見舞われたレドカチはフロアを転げ回って悶絶する。カウント9で立ち上がったウクライナ人に主審が続行を許可したため、初回決着は幻となったが、それでも終わりはすぐやってきた。2回、セペダが仕掛ける。左アッパーを連発し、その左を再び腹へ決めてダウンを追加。またも立ちあがったレドカチを、セペダが上下連打で攻め落としたところで、ようやくレフェリーが試合終了を宣言した。時間は2回2分2秒。セペダ、2年半ぶりのKO勝利だった。
「今日は絶好調だった。スーパーライト級からウェルター級に上げて、よりよく動けたと感じる。このベルトがあれば、ウェルター級の選手が誰か挑戦に名乗り出てくれるんじゃないかな」
リング上でインタビューに答えたセペダは、45戦38勝(29KO)5敗2無効試合。今回の10回戦には、WBC暫定シルバー・ウェルター級王座というタイトル(正規王者?は無敗スレイマーヌ・シソコ、フランス)がかけられており、新暫定王者はそれを手がかりにウェルター級に参戦するとしつつ、スーパーライト級のサバイバル戦、元統一王者ホセ・カルロス・ラミレス(アメリカ)対WBO1位、アーノルド・バルボサJr.(アメリカ)の行方にも関心を寄せ、「勝者と戦いたい」と語った。レドカチは34戦24勝(19KO)8敗1分1無効試合。
世界ランクに登場して10年以上。左の技巧派パンチャーのベストファイトは、2度の世界挑戦失敗から再浮上したあとの2020年10月、元IBFスーパーライト級王者イバン・バランチュク(ベラルーシ)との大激闘、ということになるのだろう。5回のうちに二人合わせて8度ダウンを応酬。めっぽう強気なバランチュクを最終的には左フックで失神KOに屠ったセペダは、試合後、マーク・クリーゲルのインタビューに、死闘を制した直後と思えぬ穏やかさで応えた。

「ボクシングとは、つくづく厳しいスポーツ、たぶん最も厳しいスポーツなんだなと思いました。彼に対して言えるのは、ありがとう、ということです。今日は、自分がこれほどタフなんだということを知りました」。
1年後の新鋭ホスエ・バルガス(プエルトリコ)戦では、戦前に非礼を重ねた相手を、鮮やかすぎるワンパンチKOで平伏させる激しさもみせた。そうした名場面を残しながら、世界タイトルには、どうしても縁がない。
2015年7月に敵地イギリスでテリー・フラナガンとのWBOライト級王座決定戦で戦った時は左肩脱臼のため退き、2019年2月、当時WBCスーパーライト級王者の激闘王ラミレスを空転させても僅差0-2の判定を落とした。そして、バランチュク戦、バルガス戦で注目を集め、満を持して地元ロサンゼルスで迎えたプログレイス戦は、完敗に終わった。以降、世界戦線に再浮上する兆しは、見えない。それでも、セペダはたくさんの人々に囲まれている。
ロサンゼルスの東にある小さな街、ボールドウィンパーク市の公営体育館の中にあるジムを、今年3月、久しぶりに訪ねた。元日本スーパーフェザー級王者・金子大樹(横浜光)とのスパーリングを見に来た時以来、10年は経っていて、トレーニング機器の数は増えたと感じるが、真ん中に鎮座する立派なリングはそのまま。「ボールドウィンパーク・ボクシングクラブ」の練習時間以外は、市民一般に開放されている。そこはセペダがボクシングを始めた場所。アマチュア時代からプロになって世界ランカーになって、プライムタイムを迎え、その時々でコンビを組んだトレーナーのジムへ行くことはあっても、拠点はこのジムだったと、プログレイス戦の前にも語っていた。
「あのジムで練習しているよ。自分のホームジムは、ボールドウィンパークのあのジム。キッズと一緒に練習する。それが大事なことで、彼らは私から刺激を受け、私もまた、彼らの姿から刺激をもらうんだ」。
10年ぶりにその彼のホームを訪れたのは、新鋭ダルトン・スミスと戦うイギリス遠征を前に壮行会があると、マネージャーである実弟レネから聞いたからだった。ジムは人であふれていた。リングには、よく手入れされた“チョン”のグローブが並べられ、セペダがバランチュク戦で獲ったWBCのシルバーベルトは、子供たちが目を輝かせて代わる代わる肩にかける。ジムの一角は生バンドが陣取り、大音量でマリアッチを次々と演奏する。“チョン”の応援Tシャツを着た小柄なおばさんの笑顔につられてこちらも笑う。自己紹介を聞き取りそびれたが、このおばさんは市長代行だった。ロビーに飾られた写真と同一人物だった。ジーン・アヤラ市長代行。セペダの熱血サポーター。アメリカ国内はもちろんメキシコへもイギリスへも応援に足を運んできたという。「彼が試合するならどこでも行きます。このボクシングクラブは長い伝統のあるクラブですが、セペダ・ブラザーズの存在は大きな支えです。レネはここのメインのコーチで、チョンもずっとここで練習しています。彼は子供たちのアイドルですね。でも、私が彼の試合を追いかけるのは純粋に応援したいからです」。
この人々を愛し、この人々に愛され、セペダはこの地にしっかりと根を張っている。35歳。2連敗から半年、再びリングに上がるヒーローを、今日も人々が見守っていた。
「たくさんの応援をありがとう。みなさんの存在が、私が戦い続ける理由です」
セペダは穏やかに微笑んだ。
〇…この日の興行主は、プログレイス対セペダ戦をプロモートしたマーブネーション。ロサンゼルス郊外ピコリベラを拠点とする新興プロモーションで、地元の小興行ではおもに代表マービン・ロドリゲスの息子二人がメインを張る。今回は、二人がそろって登場。20歳の弟の方、ネイサン・ロドリゲスがセミを務めた。エクアドルから来たサウスポー、ブライアン・メルカドとのライト級8回戦。立ち上がりから上下コンビネーション、カウンターで順調にラウンドを制していくロドリゲスは、3回にメルカドの左ストレート、右フックをまともに浴びて以降は、慎重に、ポイントを確保していった。最終回に左ショートでメルカドをとらえ、右をフォローしてノックダウン。残り時間は短く、3連続KO勝利は逃したが、採点は79対72が一者、二者は80対71のフルマークだった。一時はメキシコのエディ・レイノソに師事した時期もあるネイサンは、無敗レコードを16勝(10KO)に伸ばし、「少しずつ強くなっている実感がある。そろそろ世界のコンテンダーと戦いたい」と語った。アメリカデビューだったメルカドは18戦11勝(6KO)6敗1分。ロドリゲスにとって過去一番の曲者だったかもしれない。

〇…4歳年上の長男エンジェル・ロドリゲスは、1年ぶりのリングでフレディ・エスピノサ(ニカラグア)とウェルター級4ラウンズを戦った。出帆したばかりのプロモーションの顔だったエンジェルだが、2022年1月に経験豊富な中堅ホセ・マルーフォ(メキシコ)に8回ほぼフルマークの判定負けで初黒星を喫してから、年1試合ペース。ボクシング自体も荒んでしまった。思い切り右を投げ込んでくるエスピノサに右カウンターを狙い、左右ボディも打つが、ディフェンスがゼロ。打ち終わりをまともに打たれた。頭も再三当たり、両者血だらけだ。ラフなラウンドが続き、傷が増える一方のニカラグア人を、最終回終了間際に右で倒したが、KOは逃した。採点は三者とも40対35。ロドリゲスは14戦13勝(9KO)1敗としたが、再び上を目指していくのだろうか。エスピノサは17戦10勝(7KO)7敗。
〇…多数のフィリピン人ボクサーが出場したこの日。アメリカ海軍基地があり、大きなフィリピン人コミュニティもあるサンディエゴから遠くない土地柄も関係したかもしれない。スーパーライト級6回戦で、9戦全勝3KOのハイメ・クエスタ(アメリカ)の相手を務めた36歳ジェネル・ラウサは、フィリピンはイロイロ島の出身と紹介された。ベビー・ゴステロを生んだイロイロ島。城島充さんの名著『拳の漂流』を久しぶりに開こうと思った。頑丈そうに見えたのは、四角い顔だけじゃなかった。試合が始まると、巧みなブロックにボディワークで、真っ正直なクエスタの攻撃をすいすいとかわして笑っているのだ。クリンチして、注意される前に外して、唐突に左カウンターや右アッパーを投げつけて、観客も味方につけてしまった。妙に戦い慣れているのも、当然。調べてみると、ボクシングと並行してUFCにも出場する格闘家だった。翻弄されても懸命に前に出続けたクエスタにジャッジはポイントを与え、採点は三者とも54対59で大差判定負けとなったラウサは、自分の仕事はしましたよ、と言いたげな笑みをたたえてリングを去っていった。来週にはマイアミのリングに上がるようだ。ボクシングの戦績は17戦11勝(7KO)5敗1分。
