2023年は、スーパーバンタム級4団体制覇で締める──。
7月にスティーブン・フルトン(アメリカ)を8回TKOに下し、WBO&WBC王座を強奪した井上尚弥(30歳=大橋)が、かねてより話題のWBAスーパー&IBF王者マーロン・タパレス(31歳=フィリピン)と4団体統一戦を行うこと(12月26日<火>・東京・有明アリーナ)が25日、正式に発表された。世界中のボクシングファンにとって、聖なる夜が2夜続くことになる。
文_本間 暁 写真提供_SECOND CARRER(会見)、大橋ボクシングジム(スパーリング)

昨年12月にWBO王者ポール・バトラー(イギリス)を11回KOに仕留め、念願の世界バンタム級4団体統一を果たしたばかりの井上が、その1年後に今度はスーパーバンタム級で──。まるでフィクションのように鮮やかな道筋である。
「バンタム級では4年7ヵ月かかったけれど、スーパーバンタム級ではわずか5ヵ月で実現するところまできました。コロナ禍で失われた時間を、ものすごい速さで取り戻している。尽力して下さったみなさんに感謝したいです」。井上の言葉には万感の思いが込められていた。
2019年末に始まった新型コロナウイルスの世界的蔓延は、ナオヤ・イノウエをもってしてもどうにもならなかった。ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)との統一戦が流れ、その後も希望するカードが実現しない状況が続き、これまで以上に急角度で駆け上がっていけるはずだった大切な期間を奪われてしまったのだから。
ようやくコロナが収束し始めた昨年からは、傍から見れば何事もなかったかのような破竹の勢いがふたたび続いているが、本人の心のどこかには、失った時への“引っかかり”があったのだ。けれども、置かれた状況に決して悲嘆することなく、やれることをコツコツと続けてきた。その日々の積み重ねがあるからこそ、自身が巻き起こす突風は止まなかった。不遇だったスーパーフライ級王者時代を耐え忍び、バンタム級で世界的な大ブレークを起こした時と同様に。

出席した前田義晃・NTTドコモ社長は「ボクシングには大いなる可能性がある」と力説。
井上尚弥オリジナルチャンネルをスタートし、
過去の試合やドキュメンタリーがすでに配信されている
めまぐるしい駆け引きの応酬、頭脳戦の末に「スーパーバンタム級最巧」の呼び声高かったフルトンをぶっ倒した直後、観戦していたタパレスがリングに登場し“第2幕”がスタートした。「次の試合で戦おう」と、にこやかに言葉を交わしたやり取りが、一気にビッグマッチ実現へと向かわせたのだった。
「本当は、試合後の記者会見にタパレスが登場することになっていたんですが、急遽、リングに上がってもらうことにしたんです」(大橋秀行会長)
2018年、最初のバンタム級王座(WBA)を獲得した直後のリング上で、「WBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)に出場します」と宣言。ファンの心を沸騰させた師弟の決断が思い出される。今回もまた、“仕掛人”大橋プロモーターの即決が冴えた。
「タパレスと一緒に来ていたショーン・ギボンズ・プロモーターと話をすることができて、フルトン戦の直後にこの試合はすでに内定していた」のだという。

米・ラスベガス在住で、現在は同地で調整を続けているタパレスに代わり、ギボンズ氏(MPプロモーション社長)が会見に同席。「イノウエは、爆発的なパワーと自信に満ちている。スーパーバンタム級に上がっても何ら変わらない。けれどもタパレスは、フィリピン初の4団体統一王者を目指してとてもハングリーだ。ガード、ジャブ、様々なアングルをしっかり使ってイノウエ攻略に臨む」と代弁した。「映像で見るだけでなく、実際に直に試合を観戦したことも非常に大きい」と、フルトン戦をリングサイドで見て得たものがあることもアピールした。
もちろん井上も、試合実現に浮かれているはずがない。これまでは「なんとなく」しか見ていなかったタパレスのボクシングをしっかりと映像で確認し、優れたセンサーで読み取っている。「ゴリゴリのファイターという印象があったけれど、上体の柔らかさ、ディフェンスの良さ、技術のある選手。前とは印象がガラリと変わりました」とイメージを修正済みだ。
すでに実戦練習にも突入しており、エリク・ロブレス・アヤラ(23歳=IBOスーパーバンタム級チャンピオン、IBF15位、WBC20位)、ホセ・アンヘル・ガルシア・ロドリゲス(25歳=無敗のフェザー級ホープ)というサウスポーのメキシカン2選手とスパーリングを開始している。


約1ヵ月間滞在し、パートナーを務める
ロブレスとの4ラウンドのスパーを偶然見ることができたが、相変わらずラウンド毎の組み立てがバラエティに豊んでいる。パンチの威力、俊敏な動きはもちろんのこと、「攻める」「誘う」「間を潰す」等の駆け引きが秀逸で、オールラウンドでハイクオリティなボクシングが、さらに高まっている印象だった。井上の強打、敢えて仕掛ける打ち合いに、臆するどころか猛烈に攻め返していくロブレスも勇猛果敢で、充実した実戦練習を重ねられているようだ。

「タパレスにパワーがあることも認識しています。けれど、その点は全く心配していない。致命的な一打は絶対に貰わないし、何もさせません。『打って打たせないボクシング』。毎試合のテーマですが、今度もそうです」と井上は自信を漲らせる。とはいえ、これまで同様に慢心はひとかけらもない。「危機感があるからこそモチベーションも高い」と嬉々として繰り返した。
どの選手もそうだろうが、“モチベーションの高さ”は井上尚弥にとっても重要なこと。そして、そんな井上はリングの上で、これまでも何度も真のモンスターへと豹変した。タパレスと対峙する12月もまた、より繊細かつ大胆な姿を披露してくれるはずだ。

「試合をするごとに“歴史”や“記録”を塗り替えると言われてきましたが、今度の試合は『モンスター伝説の新たな始まり』です」。大橋会長が宣言すると、「会長がそういうキャッチフレーズをつけるのにはもう慣れました」と井上は照れ笑いを浮かべたが、「圧倒的な強さで勝つ。KO決着をお見せしたい」と呼応するようにきっぱり。そして、そのために最重要なこととして「完璧な調整をして試合を迎えること」、「心と体のバランス」、この2点を挙げた。
「4団体統一ということよりも、強敵と戦うこと。そのほうに自分は興味がある」と本音を漏らす。勝てば2階級での4団体統一で、テレンス・クロフォード(アメリカ=スーパーライト級&ウェルター級)に続き、史上2人目(男子)の快挙となる。奇しくもそのクロフォードとはPFP(パウンド・フォー・パウンド=同一体重で戦ったとする場合の最強争い)トップを競う間柄だが、デビュー当初から数々の記録を打ち立ててきた井上は、もはやそこに興味を示さない。
「日本人選手が届かない境地、領域まで行きたい」とさらなる目標を打ち明ける。誰の目にもすでに辿り着いているように見えるが、まるで少年のような井上尚弥の好奇心は、「強い」と言われる選手がいるかぎり、満たされることはないのだろう。
「真の最強へ」。その想いは1ミリもブレることなくますます強固になっている。
