DRY EYE ~非感情的ボクシング論~ 

第3回スーパーバンタム級の正体— 122ポンドクラスで何が起きていたか

この広い広いドヘニーの背中。パンチ自体、見事ではあったのだが……

文・グラフ_増田茂 写真_山口裕朗 Text_Shigeru Masuda  Photos_Hiroaki FINITO Yamaguchi

井上尚弥(大橋)の参戦によって、再び世界の耳目を集めるようになったスーパーバンタム級。今夏以降、同級の動向に影響のある試合が日本のリングで集中して行われた。7月25日・WBC&WBOタイトル戦/井上尚弥(大橋)対スティーブン・フルトン(アメリカ)。10月12日・ノンタイトル10回戦/ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)対小國以載(角海老宝石)。10月31日・WBOアジアパシフィック・タイトル戦/TJ・ドヘニー(アイルランド)対ジャフェスリー・ラミド(アメリカ)。日本タイトル戦/下町俊貴(グリーンツダ)対石井渡士也(RE:BOOT)の4試合だ。そこでわれわれが見たものは何か。

■57.6㎏67.8㎏=スーパーバンタム級?

 スーパーバンタム級ボクサーとしてリングに登場した8人の、計量時から試合当日にかけてのウェイトの推移をご覧いただきたい。

 彼らは、計量時には全員が難なくリミット(122ポンド/55.34㎏)をクリアしていた。ところが翌日、実際にリングに登場したのはスーパーフェザー級が3人、ライト級とスーパーライト級が2人ずつ。残る1人はスーパーウェルター級。それが彼らの正体だ。最軽量の小國以載と最重量のTJ・ドヘニーとでは、名目は同じクラスのボクサーながら10.2㎏ものウェイト差があったのである。

JBC(日本ボクシングコミッション)では、試合当日に非公式計量を実施。前日計量時から8パーセント以上のリバウンドを記録したJBC登録下のボクサーに対して、登録ウェイト(クラス)の変更を勧告している。これ自体は強制力を伴うものではないが、ドヘニーのリバウンド率は実に22.8%。この数値は、筆者の知る限り国内タイトル戦における過去最大のリバウンドなのだが、公式計量をパスしている限り、試合の実施可否に関して言及するローカル・ルールはない。この点に関しては一歩踏み込む必要がありそうだ。

■アーツロ・ガッティ対ジョーイ・ガマチェ

 実質的に試合の決定打であるドヘニーの左を食ったラミドは、後頭部をキャンバスにまともに打ちつけた。それはヘビー級ではたまにみられる、質量感のまったく異なる物体の衝突から生じた、技術や経験などを超越した光景だった。両者のウェイト差が20.5ポンド(9.3㎏)と知ったのは数日後のことである。

頭をキャンバスに打ち付けたラミド。無敗の新鋭に、試練

 こうした試合当日のウェイト差が問題視された試合として記憶に残るのが2000年2月26日、マディソンスクエア・ガーデン(アメリカ・ニューヨーク)で行われた141ポンド契約の10回戦。元IBF世界スーパー・フェザー級王者アーツロ・ガッティ(カナダ)対、ライト級でWBAタイトル挑戦歴のあるジョーイ・ガマチェ(アメリカ)戦だ。

 試合はまったくのワンサイド。大柄なガッティのパワーにガマチェはなす術なく、1ラウンドに2度ダウン。2ラウンドに連打を食って再び倒れ、後頭部を強打して2日間入院したガマチェはその後、脳へのダメージの残存が認められてキャリアを絶たれている。

 6年後、重度の頭痛に悩まされ続けていたガマチェは、対戦相手のガッティと試合の管理に当たっていたニューヨーク州アスレティックコミッション(NSAC)を相手どり、アメリカ連邦地裁に訴訟を起こした。

 試合を放映したHBOが、当時行っていた試合当日の非公式計量でガマチェの145ポンドに対し、ガッティは160ポンドを計上していた。NSACがこれを看過して試合を認めたため、ガマチェは多大なダメージを被ることとなって引退を余儀なくされ、後遺症に悩まされているというのだ。

 結果的にガマチェのダメージがガッティ戦に因るものか、長年の蓄積の結果かは証明しきれず、ガッティはお咎めなし。NSACの対応に関してのみガマチェ側の勝訴となった。

 この試合のウェイト差が6.8㎏だ。9.3㎏も重いドヘニーにワンラウンドKO敗を喫したラミドは、幸いにして深刻な状態に陥ることはなかった。実質的なフィニッシュブローとなった左ロングフックも、ラミドのフォームとモーションの欠点をついた見事な一撃だった。たとえ同じウェイトの相手のパンチでも、あれだけモロに食えば終わりだろう。

 だが、本格的メジャーデビュー直前のホープにとっては、今後のビジネス・プランの変更を余儀なくされる痛すぎる敗戦だった。ラミドの陣営がガマチェのケースを踏まえて損害賠償訴訟を起こしたとしたら、連邦地裁はいかなる判断を下すだろうか。

■BOXEADORたちの奇妙な冒険

 思えば、プロボクシングは実に奇妙な競技だ。スーパーバンタム級タイトルをライト級とスーパーライト級のボクサーが争っているように、実際にそのクラスのウェイトで試合をしているのはヘビー級くらいのもの。つまりパッケージと中身が違う。その「周知の噓」が何の疑問もなく受け入れられている。

 試合の放映・配信に際してはその試合が何というクラスの試合で、そのウェイト・リミットと計量時ウェイトについて程度は説明される。だが、実際に何ポンドでリングインしているかまでは、通常は言及されない。ボクシングにさほど詳しくない視聴者の多くは、計量時のウェイトで試合に臨んでいるものと勘違いしているのではなかろうか。

 ウェイト制は、今日ではレスリングや柔道などの対人競技のみならず、ウェイトリフティングのような記録競技にも適用されている。そのルーツは19世紀大英帝国のジェントルマン思想にあり、端的に言えば「ウェイトのかけ離れたボクサーが戦うのはフェアではない」という発想から生まれたものだ。その意味では、リングに上がった時点で同ウェイトであってこそのFairness(公平性)であるはずだ。

 やがて、減量で疲弊したボクサーの安全確保、試合中の事故防止の名目のもとに、計量が試合当日から前日に実施されるようになった時点でウェイト制の本質は形骸化した。

 さらに、近年の「水抜き」と呼ばれる減量法の普及を経て、計量後の過剰なリバウンドや計量失格事案が頻繁に見られるようになった。オーバー・リバウンド=超回復に成功した者勝ちという方法論を看過していては、ウェイト制対人競技の根幹が揺らぐ。

 IBFはメジャー4団体で唯一、世界タイトル戦当日の朝8時から10時の間の再計量をルール化している。その時点でのリバウンドをリミット+10ポンド(4.536㎏)以内に制限しており、歯止めとしての限定的な効果はあるのだが、他団体の世界戦または地域タイトル、各国タイトル戦でこれに追随する気配はみられない。IBFも他団体王者との統一戦にはこれを適応していない。

 ひと手間余分にかかる経費的な問題もさることながら、より効果的に大幅な増量を図りたい過剰リバウンド常習者。また、一刻も早く飲食制限から解放されたい減量苦ボクサーなど、これに関しては選手サイドも含めた暗黙の了解事項となっているようにも思える。

 ところで、JBCの記録に残る過剰リバウンドの2番目は、2018年5月25日のWBA世界バンタム級タイトル戦で、王者ジェイミー・マクドネル(イギリス)が記録した22.51%(55.3→65.5㎏)だ。もっとも、マクドネルはドヘニーほど重さを有効に活かせず、大きいだけで動きの鈍いターゲットと化して自分がワンラウンドで仕留められてしまった。それはそれで痛快で、プロボクシングならではの冒険的な側面を象徴するような戦いだった。言うまでもないが、対戦相手は井上尚弥である。

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