
先週末5月25日、アメリカでは各地で小興行のみとなった土曜日。カリフォルニア州ロサンゼルス近郊、ハワイアンガーデンという小さなシティの公営体育館で興行があった。興行主は、マーブネーション(MarvNation)。2021年始動で翌2022年11月にはレジス・プログレイス対ホセ・セペダのWBC世界スーパーライト級王座決定戦という“ミリオンダラー”の好カードを主催した新興プロモーションは、次なる好機をうかがいながら定期的に小興行を打っている。観客席の顔も認識できる、今回もそんな規模のイベント。家族親戚、友人知人から広がるサポーターをもつローカルヒーローを看板に、ゲート収入とスポンサーが頼りの地元密着興行は、本場アメリカのボクシング界を下支えする構造、決して理想的とはいえなくとも、なくならない文化だ。「無名」のボクサーたちがそこで、間違いなく戦っている。
文と写真_宮田有理子 Text&Photos_Yuriko Miyata
〇…この日のメインイベンターは、興行主マービン・ロドリゲスの19歳の息子、ネイサン・ロドリゲス。16歳だった2021年1月、コスタリカでプロデビューして以来全勝の長身ボクサーファイターだ。昨年はメキシコでサウル・“カネロ”・アルバレスのキャンプに参加し、カネロ対ジョン・ライダー(イギリス)戦の前座にも抜擢されている。今回は7戦全勝3KOのエクアドル人、アンドレス・アンパンとのフェザー級8回戦。これがアメリカデビューとなるアンパンが果敢に右オーバーハンド、左フックを振るって前進するところを冷静に迎え撃ち、3回には左ボディを命中させてダウンを奪う。何とか立ち上がり続行を望んだアンパンを、懐へ誘い込み、再びショートの左ボディでひざまずかせて、3回2分59秒KO勝ち。戦績を14戦全勝9KOに伸ばした。1ヵ月ほどのインターバルで次戦を予定している。

〇…セミファイナルのライト級6回戦では、“アウェー”のエリック・エスピノサ(メキシコ)が、地元の声援を受けるベテラン、テノチティトラン・ナバ(アメリカ)から判定勝ちをもぎとった。メキシコと接するカリフォルニア州南端サンディエゴに住むもののアメリカのリングに立つのは2年ぶり2度目。前回はフルマークの判定で初黒星を喫している。今回は初6回戦だったが、開始からハイピッチでパンチを繋いだ。後手に回ったナバもソリッドなワンツー、左フックで圧し返し、中盤は一進一退の打ち合いが続いた。が、終盤にもう一段、ギアを上げることができたエスピノサが右アッパー、左ボディで最終ラウンドも制し、ジャッジ3者(58対56×2、59対55)の支持を得た。戦績は7戦4勝(2KO)1敗2分に。敗れたナバは13戦9勝(2KO)3敗1分。

〇…両者デビュー戦のスーパーライト級4回戦では、ブライアン・エルナンデス(アメリカ)が立ち上がりからリカルド・エリザルデ(アメリカ)を圧倒。プレスをかけながら、相手が手を出すとすかさずカウンターを合わせる。それが次々とクリーンヒットして、レフェリーがストップをかける前にエリザルデ陣営が白旗を挙げた。ロサンゼルスのサウスセントラル出身の22歳、エルナンデス。次戦を楽しみにしたい。

〇…第1試合のスーパーライト級6回戦は、プロモーターが推す無敗のハイメ・クエスタ(アメリカ)がホセ・バレンズエラ(メキシコ)に3-0(58対56×2、59対55)の判定勝ち。戦績を8戦8勝(3KO)に伸ばした。という、順当な結果なのだが、それは簡単な勝利ではなかった。今興行に出場した“Bサイド”の選手の中でもただ一人負け越しの35歳バレンズエラの大奮闘に遭ったのだ。

単身遠征してきたメキシコ人は開始とともに左右ロングをどんどん重ねてクエスタの出バナをくじいた。顔色を変えてペースを獲り返しにかかるクエスタの右強振を浴びても、怯む様子はまったくない。動きはスローながら左右スイッチし、スタミナも落ちず、5回には両腕を背に回す“ロイ・ジョーンズ”のポーズから右オーバーハンドを打ち込んで、会場をどっと沸かせてもみせた。6ラウンドを戦い切り、コーナーに駆け上がったバレンズエラは、判定を聞き、首を振りながらリングを去った。戦績はこれで18戦3勝(2KO)14敗1分となった。記録だけを眺めれば“噛ませ犬”である。が、今日のように、いつだって噛みつくつもりで戦ってきたのだろう。

メイン前の小休止の間、青コーナーにそのメキシコ人の姿が見えた。リング下をのぞき込み、くしゃくしゃの黒い布を引っ張り出していた。ガウンだ。プロモーターが用意した助っ人セコンドたちは、床に落ちたガウンをそのまま残して引き上げてしまったのだろう。黒サテンのガウンをたたみながら歩く姿を目で追うと、客席に座った。一緒にいる女性と男の子ふたりは家族だろうか。聞くと、「ファミリーだが、応援に来てくれたいとことその息子たちだ」。自身は独り身だと言った。
メキシコシティ南東の古都プエブラで、友人に誘われてボクシングを始めたのが28歳の時だったという。2年ののちプロボクサーになったが、黒星デビューから2戦目まで、コロナ禍をふくめ丸2年もあいた。だから実質3年間で17戦。「始めた時は無知だから、夢はチャンピオンだったけどね、現実を知ればそんなことは言わない。1勝が難しいんだから。でも、戦いたい。戦っている時の高揚感は、他では味わえない。目標もある。今日で14敗になったけれどKO負けはない。一度もノックアウトされずに、ボクシング人生を終えたい」。戦い切る。それはこのボクサーの、自分との約束なのだ。