堤聖也vs比嘉大吾II その2
文_加茂佳子 Text by_Yoshiko Kamo
写真/山口裕朗@finito22 加茂佳子
アマチュア時代に負けた井上拓真(大橋)へのリベンジ。世界王者になる。堤聖也がプロボクサーになった2つの理由と夢を同時に叶えたのは10月13日。
通常、試合後の数週間はスポンサーや支援者たちへの挨拶まわりで予定はほぼ埋まる。友人と遊びにいくのはその先になるから、いつしか恒例になっていた比嘉大吾との「メシ」も試合の3週間後、ひと月後あたりになる。
だが。10月の世界戦後は、わずか1週間後という早々に堤は比嘉と約束を取り付けていた。急いだ理由がある。ジムのスタッフから、ひょっとしたら初防衛戦の相手候補に比嘉大吾が入るかもしれないと聞いたからだ。
本当ならば比嘉とは時間を気にせず会って、積もる話をあれこれしたかった。
「でも、もし本当にその話が決まったら、大吾と話したり連絡とれなくなるなと思って」、挨拶回りと挨拶回りの合間に無理をして時間を作った。
「で、その時ちらりと聞いたんです。俺らの試合が決まるかもって話、お前なにか聞いてる?って。したら知らなくて、まじ?みたいな。あいつ、ちょっと何か考えてたけど、いやでも俺はもうボクシングはいいよ。堤はまだまだ頑張ってたくさん稼いでな、って。だから、じゃあまたゆっくり会おうぜってその日は別れたんです」
その3週間後だった。熊本に帰省していた堤のもとにジムから一報が入った。
「比嘉くんがやる方向になった」
……そうか、と思った。
あいつ、もう一度ボクシングをやる気になったのか——。
本当なのかと比嘉に確認する気はなかった。
「試合が決まったのに連絡をとるとか、けじめのないこと、あいつが好きじゃないの知ってるし、僕もそうだから」
だがほどなくその比嘉から連絡が来た。
その時の台詞を堤は「一言一句」覚えている。
「堤くん、僕はあなたのことが大好きだから、筋を通します。復帰します」
そう一気に話す比嘉に、もう知ってるよと答えると、知ってたかーと笑い声が聞こえた。
だが、対戦が決まった以上、雑談をする気分でも、雰囲気でもない。
どちらからともなく、お互い万全で、いい試合しようぜ。と短く言い合った。
「全部終わったらまたメシ行こうな、って。で、電話を切る間際にあいつ、言ってましたよ。
受け入れてくれてありがとうって」
それが一番俺に伝えたかった言葉だったんだろうと堤は思った。

結果はドローだった。
比嘉とはプロでの再戦になる。友人対決を嫌だと思う青い感傷はさらさらない。
「拓真相手に12年越しのリベンジを果たした次が、友達と2人でデカい会場で世界戦ですよ。人生になかなかこんな展開はない。漫画過ぎるストーリーになってません?」
愉快そうに笑った堤は、相手として比嘉大吾は上等だと言った。
「拓真に勝って世界チャンピオンになって、俺、もう夢を叶えちゃったんですよ。この先は何にでも挑戦する、難敵に挑みたいというマインドに切り替わったんで、中途半端な奴とは絶対に戦いたくない。とにかく強いのとやりたかったから」
だからシンプルに楽しみなのだと言う。
「武居戦で見せた比嘉大吾、ほんとに強かったから」
負けはしたが武居戦で比嘉が見せたパフォーマンスに、堤は「友達としてこのまま辞めて欲しくないと思っていた」。
「12ラウンドに休んでポイント取られて。あの最終回を取ってたら勝てたかもしれない。これで辞めたらあとから後悔するんじゃないかって心配してたんです」
ただそれは比嘉には伝えなかった。いくら友達でもその辺は他人の言う事じゃないし、試合後の晴れ晴れとした顔を見たら、それがあいつの答えなんだと思った。
「だから復帰するって聞いた時はちょっと嬉しい気持ちがあったんです。でもね、もう意味わかんないですよね。友達としてまだボクシングしてくれるのは嬉しい。でも次の試合で俺に負けて終わりだし、みたいな」

4年前、2人の対戦が決まったとき、堤は「比嘉の復活を阻むの、俺かよ」と言った。そして今回、「これがあいつの引退試合になるってことか」と言った。
比嘉に限らず、堤は誰と試合が決まったときも、自分の勝利を決定事項として表現する。
勝つと信じてる、ではなく、勝つとわかってる。チャンピオンになると信じてる、ではなくチャンピオンになるとわかっていた。
そうして実際に世界王者になった。
「なるものだと思ってやらないとなれない。僕はそう思ってるから」
それはつまり、自分の宣言への責任と覚悟、努力を課すことに他ならない。
「例えば、人間、これぐらい手を抜いても結果は変わらないだろうと甘い考えが出る時があるじゃないですか。そういう瞬間こそ、僕は絶対に妥協してこなかった。きつい局面の時こそ、ここで手を抜けば、負けた時にこの瞬間を思い出して絶対に後悔するとわかってたし、その小さな積み重ね、選択の差が試合のラスト10秒に出るはずだ、って。いつから?高校生の時からです」
プロに来た時にはすでに覚悟の持ち方が他の選手とは違った、と石原雄太トレーナーは言う。
「1ラウンドの集中力、たいていの選手が特に練習では1秒2秒油断する瞬間があるんですが、堤は1秒も無駄にしない。それから自分で自分を追い込めるんですね。止める必要があるほどに。ボクシングに対する姿勢、覚悟に関しては、教えることは何もない選手でした」
堤にはボクシングにかける気持ちが他のボクサーとは違う、という自負がある。覚悟もだ。その覚悟は一戦ごとに重たくなっている。
「僕は過去に対戦相手を結果的に何人も引退に追いやった。若手は負けてもまだ次がありますよ。でもボクシングの勝敗が人の人生を変えてしまうことを身をもって知っている。
次は自分かもしれない。怖いですよ。だから潰しに行くんです。潰すと口にもする。でなければこっちが潰されるから。
大吾も僕に勝てばボクシング人生は続くだろうけど、負ければ次はない立ち位置にいるってわかってるでしょう。だから僕は全部出し切って戦う。あいつの最後の相手としてふさわしいように」
ボクシングで戦うってそういうことだから。そう堤は言った。
(つづく)

