DRY EYE~非感情的ボクシング論~

第8回 天気晴朗なれども波高し

文_増田 茂 Text by Shigeru Masuda

ドミトリー・ビボル(ロシア/前WBA王者)

12ラウンド判定(2対0/116-112、115-113、114-114)

アルツール・ベテルビエフ(ロシア→カナダ/4団体統一王者)

4団体統一世界ライトヘビー級タイトル戦 2月22日/サウジアラビア・リヤド ANBアリーナ

再戦のポスターはミケランジェロ・タッチ

 正直なところ、初戦(2024年10月12日、ベテルビエフの2-0<115-113、116-112、114-114>判定勝ち)の試合展開から再戦でのドミトリー・ビボルの勝機を見出すのは難しいと思っていた。ポイント上は確かに接戦で、ビボルの勝利を支持する声も聞かれたが、それはボクシング特有の「ゲーム的視点」に立脚してのものにすぎない。攻防はいたってシンプルながらインテンシティ(試合強度・密度)の高い試合だった。ドローという放送席スコアは、多分に再戦を意識したものだったのだろう。筆者は2ポイント差でベテルビエフを支持した。

■ビボルのボトムライン

 初戦は、事前に語られていたような「鉾」対「盾」という構図の試合ではない。より強いパンチとより堅固なガードを持つベテルビエフが、パンチのスピードとタイミング、正確さで上回るビボルの盾を弾いて打ち勝った上質な打撃戦だった。

 ビボルが防戦一方に陥った11ラウンドに象徴されるように、ベテルビエフの押さえたラウンドは明らかに彼が優勢だったが、ビボルの取ったラウンドのいくつかはどちらにも振り分けが可能な内容だった。その上で、最終3ラウンドを確実に押さえたベテルビエフがポイント以上の勝利を印象づけた。

 COMPUBOXが測定した3試合のパンチ打ち出し数データに、ビボルの共通する傾向をみることができる。サンプルは22年5月7日のカネロ・アルバレス(メキシコ)戦、同年11月5日のヒルベルト・ラミレス(同)戦。そして対ベテルビエフ第1戦だ。

 この3人のファイトスタイルはほとんど重ならない。現WBAスーパー&WBOクルーザー級王者でもあるラミレスは身長189㎝、リーチ191㎝とビボルを大きく上回るうえに腰高で身体の作りも大きいサウスポー。自信過剰気味でガードの上から構わず打たせたアルバレスに比べ、当てさせずに当てるという点ではむしろ難しい相手だった。また最もパンチの圧が強く、最もハイリスクだったベテルビエフ戦のデータラインが最下層をトレースしているのも理解できる。

 ビボルは序盤にイニシアティブを掌握すると、そのままイーブンペースのキープに努める傾向がみられる。試合の印象が比較的平板で、メリハリを欠く要因もここにある。

 一方、タイプの異なる3人相手に10ラウンド前後に疲労の第一波が訪れると、9、10、11ラウンドはラストラウンドに備えて意図的に手数を落とし同様にペースダウンしている。だが、本来的にスロースターターであるベテルビエフにこの点をつかれ、10、11ラウンドは最も苦しい展開を強いられることとなった。

 再戦の勝敗の焦点は、ビボルがこの終盤のボトムラインをいかにコントロールしてカバーするかに絞られていた。

■潮目はいかに変わったか

 リング上で向かい合った両者の身体イメージは、初戦とは明らかに趣を異にしていた。共に肉体的には初戦ほど研ぎ澄まされた印象は薄く、ビボルはやや緩めにみえた。試合前に言及していた攻防両面でのパワーアップのため、スピード低下を招かぬ限度までウェイトをリバウンドさせていたように思う。

 これに対してベテルビエフは、4ヵ月前よりも筋肉が落ちたように感じられた。とりわけビボルの1.5倍はあろうかと思われた両肩三角筋が小さくなり、ひと回りスリムなプロポーションになっていた。それは、守勢のビボルを追い詰めきれなかった瞬発力不足による追い足の鈍さ。うるさく打ち返してくるビボルのパンチへのスピード対応力の向上を図ってのことではないか。それでもなお、パワーに関しては十分なアドバンテージを残しているとの計算があったのだろう。

 第1戦のラウンド平均のパンチの打ち出し数はベテルビエフの56.8発に対してビボルは35.3発。ヒット数平均はベテルビエフ11.4発。ビボルは11.8発。それが第2戦では平均打ち出し数57.3発、ヒット数10.1発のベテルビエフに対し、ビボルは打ち出し数45.6発。ヒット数14.2発と明らかに向上していた。

 一方、ベテルビエフはと言えば、5ラウンドに手数、ヒット数共に最大値を記録したもののその後は尻すぼみに終わってしまった。

 ビボルはサイドへ逃げるステップを減らし、前後動で間合いを調整して正面対応。初戦の序盤のようなある程度の強度の右を先置きし、またリターンを多用して前後を押さえた。そしてガードの上からでも安易に打たせ過ぎない。前提条件はフィジカル全般の強化だった。

英・ボクシングニュース誌2月27日号

 一方、ビボルを逃さず仕留めきるために出力アップを前倒ししたベテルビエフは、確かにステップは初戦より軽かったが、最大のアドバンテージであるはずの強打まで軽くなり、ビボルの反応動作に余裕を与えてしまった。

 大波に揺られながらの艦砲射撃の打ち合いのように、より多く動き続けながらのパンチ交換となればパワーよりもパンチの精度で勝るビボルの勝機はいっそう増す。

 ビボルは、いわゆる「押さば引け、引かば押せ」を徹底し、KO・TKO決着を図るベテルビエフの圧力が強まってくると、強硬な反撃を抑えめにすることで初戦のような極端なペースダウンも回避できた。逆にベテルビエフは、早めに攻勢を強めたためにラストスパートが利かなかった。問題の11ラウンドにはビボルがヒット数24対8という再戦での最大差をつけて打ち勝っている。ビボルはヒット率こそ初戦よりわずかに落ちたものの、ボディ、顔面と打ち分けたジャブも、出端を叩くダイレクトライトも力強く、最終的なヒット数でベテルビエフに49発の差をつけた。

 左瞼の出血もあってベテルビエフの反撃を許したラストラウンドから、初戦と同じスコアで逆にビボルが勝者としてコールされるまでのおよそ6分間は、まるで約束されたラバーマッチの予告編のようだった。実際、試合後の共同会見では両者ともに第3戦について肯定的なコメントを残している。

 だがそれは、ビボルが余分な2つのタイトル(WBAレギュラー&WBC暫定)を持つデビッド・ベナビデス(アメリカ)戦を終えた後でも遅くはあるまい。

 連打型パンチャーのベナビデスは身長188㎝、リーチ189㎝と数字上のサイズはラミレスに匹敵するが、スーパー・ミドルから上がって日が浅く身体の線は細い。またデビッド・モレル(キューバ)戦では序盤からコンスタントに打ち勝ちながら仕留めきれず、終盤は失速して反撃を許すなど、決定力の点ではベテルビエフにまだ及ばない。今回の勝利で、ビボルが余分な達成感に浸るようなことさえなければ、ベナビデスを問題なくアウトボックスするのではないか。

 両者の間に横たわるビジネス上の諸々のハードルは、サウジアラビア総合娯楽庁のオイルマネー予算が解決してくれることだろう。

“モンスターと戦う者は、自らもモンスターとならぬよう心せよ”

フリ-ドリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ

Photo by Hiroaki Yamaguchi

中谷潤人(M.)3ラウンド3分4秒KO

ダビ・クエジャル・コントレラス(メキシコ/WBC6位)

WBC世界バンタム級タイトル戦

2月24日/東京・有明アリーナ

 ペッチ・ソー・チッ・パッタナ(タイ)との前戦。今回のダビ・クエジャル戦に共通し、アレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)戦、ビンセント・アストロラビオ(フィリピン)戦と異なるのは、中谷潤人のセットアップからチェックメイトへと至るジャンプ率の高さだ。それは、本来的プロセスをスキップしてギアを一気にトップまで上げていった意図的な「ビッグバン」化のように感じられた。

■高度な決定力と不協和音

 中谷はショートレンジで左-右-左とボディを効かせ、一瞬意識が下に偏ったクエジャルの顔面に右-左-右フック。そして左ボディストレートでダメージを与えてロープに追い込むと、打ち下ろしスナップの利いた左ストレートで最初のダウンを奪取。辛うじて立ち上がりながら、もはや戦意の飛んでしまったメキシカンの右ガードのアウトサイドをつき、死角から右顔面に左フックをハードヒットしてテンカウントを聞かせた。

 ペッチ戦に続きラウンド終了直前、多くのボクサーが弛緩する終了10秒前を知らせる拍子木音を聞きながら、まったく逡巡することなくフィニッシュに持っていった姿勢にはあらためて感心させられた。

 そのフィニッシュの豪快さ、決定力の高さに目を奪われがちな点、また、すでに対井上尚弥(大橋)戦を見据えているメディアの報道傾向もあって、クエジャル戦の論評はネガティブなポイントを抑えてポジティブな部分を拾ったものに終始していた。

 もとより、中谷のフィニッシュシーンは、ライト級のジャーボンテ・デービス(アメリカ)とも重なる高い突発性を感じさせる。レフトブローの上下・左右・遠近と自在に操る用途の多彩さは、右利きのサウスポーでありながら左右を通じて現役ナンバーワンと言って過言ではなかろう。

 左ストレートのインパクト時のヒジの返し、スナップの利いたねじり込み方は、先行きのオーバーユースが案じられるほどだ。

 イレギュラーなタイミング、アングル、組み立てで打ち出されるパンチの多様性・意外性が、我々の予測を超えて発生させる不協和音がむしろ心地よい。それは、概ね予定調和で事を運び結末へと誘う井上尚弥の安定感とはまた別種の喜びを我々にもたらす。

 中谷がリング誌のKO of The Yearを受賞した2023年5月20日のWBO世界スーパーフライ級王座決定戦で、アンドリュー・モロニー(オーストラリア)を粉砕した12ラウンドの左フックは、そうした中谷の特質が凝縮された珠玉のフィニッシュブローだった。

■中谷モンスター化の是非

 相手が長身のサウスポーとあって、途中までは対応が比較的慎重に感じられたペッチ戦と異なり、今回のクエジャル戦は詰めに至るスイッチの入れ方はいっそう強引だった。

 上質なサウスポーとの対戦経験を欠くクエジャルの反応が鈍く、左が当たるを幸い、プロセスでの個々の動作が粗くミスブローが目立ち、打ち終わり後のバランスの崩れも最近になく大きかった。

 ミスブローの半ばは、左を当てるためのフェイントの「見せパンチ」だろうが、右利きのサウスポーに見られがちな欠点として、ミスブロー後のフォームの崩れの大きさや、左ロングにややモーションがかかる傾向に中谷も無縁ではあり得ない。

 1ラウンド半ば、顔面への左ストレートを2発ヒットした後、続けてクエジャルの顔を見たまま左をボディに持っていったが、これがショートして空振り。上体が右前方に流れて左顔面がオープンな状態になってしまった。

 2ラウンドにクエジャルの抵抗が強まると、中谷の左狙いがあからさまになり、左を当てるプロセスのパンチと、左が当たった後のフ ォローパンチの精度が落ちていた。

Photo by Hiroaki Yamaguchi

 バンタム級としての最初の2戦を経て、当てる右ジャブを多用してヒット率の向上と被ヒット率の低下を達成。高精度の左で無駄なく試合を決めきるスタイルに収束するかに思えた中谷だが、いまスーパーバンタム級を視野に入れて“BIG BANG”という、よりパンチャー化したスタイルへと再び舵を切ったということなのだろうか。

 ボクシングの幅、言い換えればもう一つのオプションとして“BIG BANG”を加えるというのならまったく問題はない。

 だが、ファイト・スタイルのマイナーチェンジに伴って生じる様々な雑味は、より高度で緻密な攻防が要求される井上戦までに浄化しておかねばなるまい。

 冒頭のニーチェの名言とは本来的に意味は異なるが、中谷が“BIG BANG”というモンスターと化し、パワーを前面に押し出したスタイルで井上というモンスターに立ち向かおうというのなら、それは方法論のひとつではあってもベストの選択とは言い難い。

 中谷のサイズ上のアドバンテージは、放送・報道等で過剰なほど強調して語られる。そこで、バンタム級史上の長身世界王者トップテンをチャート化してみた。同身長の場合はリーチの長いボクサーを上位としている。

 一世紀近くも前のパナマ・アル・ブラウンを例外に、日本でも名の知れた近年のボクサーがほとんどを占めている。確かに中谷も近年の長身同級王者の一角を占めるが、特筆すべきほどとは言えまい。

 また、中谷のバンタム級タイトル戦4試合の、計量時から試合当日ウェイトへの平均リバウンド率は9%に達していない。個人差はあるが、井上尚弥がバンタム級王者時代の終盤、10%を超えるリバウンド率を記録していたことを思えば、まだ中谷は少なくともスーパーバンタム級へ上げる必然性に直面してはいないのだ。そうした状態のままパンチャー化して井上戦を迎えるのは、いかにもハイリスクと思われてならない。

 伝え聞くスケジュールでは、6月にIBF王者・西田凌佑(六島)との統一戦をクリアすれば、バンタム級のタイトルは返上。年内残り一戦をスーパーバンタム級でのテストマッチにあてる。そのうえで、一戦だけフェザー級に進出して再びスーパーバンタム級に舞い戻る井上と、共に26年度初戦となる東京ドーム決戦を迎えるという。興行上のポジションから考慮すれば致し方ないことだが、いかにも井上主導で描かれたシナリオ上のストーリーという印象は拭えまい。

 いま、中谷は単なる挑戦者ではなく、もう一人のモンスターとしてオリジナル・モンスターと激突するという「イーブンファイト」化のイメージ戦略の渦中に置かれている。

 それはちょうど40年前、クラスもファイトスタイルも異なるが、トーマス・ハーンズが1階級上の世界ミドル級統一王者マーベラス・マービン・ハグラーに挑戦することになったときの空気感に少しだけ似ている。

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