DRY EYE~非感情的ボクシング論~

第9回 知られずに終わる⁉ IBAPROの異世界

文_増田 茂 Text by Shigeru Masuda

◆第1部 パラレルワールド

■消えたIBF順位決定戦の行方

 大橋ジム主催のダブル世界戦興行(5月28日/横浜市BUNTAI)の発表記者会見のメディア報道で、出場選手のレコードに関する表記が二通りに割れていた。空位のIBFスーパーフェザー級王座を3位力石政法(大橋)と争う1位エデュアルド・ヌネス(メキシコ)に関して発表通りに27勝27KO1敗と報じたものと、もう一方は28勝28KO1敗となっていた。この不一致はなぜ生じたのか。

 WBAのタイトル戦名称の表記抹消など、混乱の目立つBOXRECだが、長年慣れ親しんだ使い勝手の良さもあり、ユーザー数ではまだ新たな商売敵FIGHT FAXの追随を許すところではないようだ。そのBOXREC上のヌネスの「プロ戦績」が27勝27KO1敗なのだが、そこからはメキシカンのキャリアで最も重要であるはずの1試合が欠落している。 

 それは昨年2月16日、タジキスタン共和国の首都ドゥシャンベで行われたIBF同級1位決定戦。3位で元王者でもある地元のシャフカッツ・ラヒモフと対戦した当時4位のヌネスは、11ラウンド17秒TKO勝ちでトップの座を手中とした。10ラウンドまでのスコアは96-94、96-94、95-95と接近していたが、映像をみる限りヌネスの完勝だった。

 では、消えた試合記録は何処へいったのか。実は総レコード表記の右横にある試合種別ボタンの[Box-pro]の右隣、[IBA-pro]と表示されたボタンをクリックすると現れる。一般的なプロボクシングの試合ではなくIBA(国際ボクシング連盟/旧AIBA)主催のプロ仕様マッチに分類されていたのである。

 なぜBOXRECはこんな凡ミスを犯したのだろう。それはこの一戦が、IBAの主催するIBA CHAMPIONS’ NIGHT”という興行内の1試合として行われたためと思われる。

■IBAの野望と迷走

  IBA(International Boxing Association)はAIBAといった時代から、サッカーにおけるFIFA(Fédération Internationale de Football Association/国際サッカー連盟)のようなプロ・アマ統一管理化を目論んでいた。2007年に組織名称からAmateurを意味する頭文字のAを外すと、2010年に加盟国の主要都市をフランチャイズとして、プロ仕様に寄せたルールの下に5ラウンド制で争うチーム対抗戦WSB(World Series of Boxing)を開始。14年にはトップアマをプロ仕様ルールで戦わせ、ランキングを作成し世界王者を決定するためAPB(AIBA Pro Boxing)なる内部組織を立ち上げた。2016年のリオデジャネイロ五輪からは現役プロ競技者の出場も解禁されたが、これは同大会で実施された28競技中、最も遅れての決定だった。

 WSBの出場ボクサーは選りすぐりのトップアマだった。それだけにファイトスタイルもごくアマ寄りで、プロの世界戦顔負けの派手な舞台設定ながら試合自体はエンターテインメント性に乏しかった。興行的には成功とはいかず、放映権収入も当てが外れ、アディダス等のスポンサー企業からの上納金で賄えきれぬまま、財政難から2018年に打ち切りとなった。APBにいたっては2年ともたずに消滅してしまった。アイデア倒れで内部的評価も低く、国際的に名の通ったトップアマは期待されたほど参加しなかったのだ。

★APBの初代世界王者

 そもそも、FIFAを頂点にヨーロッパ、南北アメリカ、アジア・オセアニア、アフリカ等の地域統括連盟から、その管理下の各国サッカー連盟へと、プロ・アマ一貫した統制下に置かれたサッカーと異なり、プロボクシングには利害関係を異にするメジャーな競技統轄機構が4つも共存している。

 さらにビジネス上のポジションとしては少数の大手プロモーションが上に立ち、その横には20世紀のネットワーク・テレビより遥かに潤沢な資金を投入してくれる配信メディアが存在しており、業界内部のパワー・バランスは実に複雑に構築されてきた。

 今日のプロボクシングの経済規模は、UFC(総合格闘技)やWWE&AEW(プロレス)等の後塵を拝するが、業界内統制力が分散しており、扱いづらさではナンバーワンだ。

 IBAのプロ化宣言へのメジャー4団体の反応は当初、一様にネガティブで冷ややかに静観しているかのようだった。だが、WBCが強い拒否姿勢を表明すると、WBAは逆にIBAへの接近を図っていった。

 そして、IBAのウマル・クレムレフ会長(ロシア)とWBAのヒルベルト・ヘスス・メンドーサ会長(ベネズエラ)が、プロ・アマ間の交流並びに競技運営のコラボレーションで合意とIBA公式サイト上で発表されたのは2022年11月28日のことだった。

 将来的なプロ・アマの競技統合推進の第一歩として、ボクサーの安全と健康管理、コーチの育成、試合ルールと各種レギュレーションなどの統一を図り、新たな競技コンセプトや共同イベントの実施について取り組むことで合意したという。

 また、WBAがIBAを支援し、選手にIBA世界ランキングのポイントを与えるワールド・ボクシング・ツアー・プログラムの実施に向けた戦略も検討された。そうして誕生したのが“IBA CHAMPIONS’ NIGHT”だった。

■IBA CHAMPIONS’ NIGHTの実情

“IBA CHAMPIONS’ NIGHT”は主催のIBAにWBAが協力してプロ選手をブッキング。アマ同士、プロ同士、プロ対アマの試合が同大会中に行われている。2022年12月12日。UAE(アラブ首長国連邦)の首都アブダビで開催された記念すべき第1回の主要出場メンバーは以下の通りだ。

バホディール・ジャロロフ(ウズベキスタン)

東京&パリ五輪スーパーヘビー級金メダル

ロニエル・イグレシアス(キューバ)

ロンドン&東京五輪ウェルター級金メダル

ムスリム・ガジマゴメドフ(ロシア)

東京五輪ヘビー級銀メダル/現WBAブリッジャー級王者

ヨエンリ・エルナンデス(キューバ)

21・23年世界選手権ミドル級優勝

イルマ・テスタ(イタリア)

23年女子世界選手権フェザー級優勝

ソフィアヌ・ウミア(フランス)

パリ五輪ライト級銀メダル

 そして、ヨーロッパを中心にIBA加盟各国で持ち回り開催する同興行は2024年度には、13ヵ国で全20興行が行われた。その一覧リストは下表の通りだ。

★IBA CHAMPIONS’ NIGHT 2024年度開催状況

 各興行にはIBA管理下のプロ仕様試合とWBAをはじめとするプロ統轄機構の管理下に置かれた純然たるプロの試合が混在し、記録上の混乱を招いている。

・2月16日のタジキスタン大会では、前述のIBFスーパーフェザー級順位決定戦のほか、IBAプロの世界クルーザー級王座決定戦がメインとして行われ、前年の世界選手権優勝者シャラブディン・アタエフ(ロシア)がローレン・アルフォンソ・ドミンゲス(アゼルバイジャン)に10ラウンド判定勝ちで初代王者となっている。

・東京五輪フェザー級金メダルでWBAスーパーフェザー級7位アルバート・バティルガジエフ(ロシア)は、7月12日のセルプホフ大会でWBA2位ジョノ・キャロル(アイルランド)に9ラウンドTKO勝ちしWBA暫定スーパーフェザー級タイトルを獲得。同大会ではWBAブリッジャー級王座決定戦も行われ、ムスリム・ガジムマゴメドフ(ロシア)が初代王者となった。両試合共にBOXRECではプロの試合として登録されている。

・遡って2023年12月9日のドバイ大会で、バティルガジエフは世界選手権3連覇、オリンピックは3大会連続銅メダルというラサロ・アルバレス(キューバ)に10ラウンド判定勝ち。アマで1勝2敗のライバルに雪辱してIBAプロの世界ライト級王者になっており、この試合はBOXRECで「IBAプロ」に振り分けられている。その前座6回戦には21年の世界選手権ウェルター級金メダルの岡澤セオンが出場。23年の世界選手権ライトミドル級銀メダルのサイジャムシド・ジャファロフ(ウズベキスタン)に判定で敗れた。これが日本のボクサー唯一の参戦だ。

・さらにバティルガジエフは、昨年10月17日のウファ大会で、当時OPBFライト級13位のアルバート・パガラ(フィリピン)とIBAタイトルの防衛戦を行い5ラウンドTKO勝ち。この試合もBOXRECは「IBAプロ」に分類している。ところが今年3月7日にモスクワで行ったWBAスーパーフェザー級15位ネリ・アリエル・クルス・ロメロ(アルゼンチン)戦は、IBAからWBA暫定世界スーパーフェザー級とIBA世界ライト級のWタイトルの防衛戦と発表されていたにもかかわらず、BOXRECはWBAタイトルを無表記。IBAタイトル戦を空位のスーパーフェザー級王座決定戦と表記しつつBox-pro、つまりプロの試合として登録している。

WBA初代世界ブリッジャー級王者ガジムマゴメドフも同大会内で誕生

・IBAプロの世界タイトル戦は10回戦で行われる。試合はトップアマとWBAがブッキングする世界ランカー級のプロの対戦が多く、大抵はプロが引き立て役にされている。3月3日のソチ大会では、アマ305勝16敗の元ヨーロッパ王者ハリトン・アグバ(ロシア)がホセ・ミゲール・ボレーホ(メキシコ)に10ラウンド判定勝ち。空位のIBA世界ウェルター級タイトルを獲得した。

・4月14日のタシケント大会では、リオ五輪ライトフライ級、パリ五輪ではフライ級で各金メダル。現WBA世界ミニマム級1位でもある地元のハサンボーイ・デュスマトフがWBAフライ級10位サムエル・カルモナ(スペイン)に大差の判定勝ちでIBA世界フライ級王者となった。セミファイナルのヘビー級8回戦にはWBA8位マイケル・ハンター(アメリカ)が登場し、アーテム・サスレンコフ(ロシア)に判定負け。IBAルール下の試合ということでランキング降格を免れている。

IBA軽量級のエースは五輪連覇のデュスマトフ(右)

・またIBAプロの地域タイトル戦は8回戦で行われている。昨年4月6日のアグアスカリエンテス大会で、井上尚弥のスパーリングパートナーとして来日経験のあるブライアン・アコスタ(メキシコ)が、WBO15位アルベルト・メリアン(アルゼンチン)に判定勝ち。IBAアメリカン・フェザー級王者となった。

・12月6日のドバイ大会ではOPBFスーパーウェルター級7位ウェルジョン・ミンドロ(フィリピン)と同ミドル級3位ジョエル・カミレリ(オーストラリア)が対戦。ミンドロが4ラウンドTKO勝ちでIBAアジアン王者となったが、結果はOPBFランキングに反映されていない。

・アジア地域ではフィリピン人ボクサーの参戦が比較的目立つのだが、同国関係者の多くはIBA CHAMPIONS’ NIGHTへの出場をエキジビションと認識しているようだ。7月12日のタシケント大会に出場したWBC世界スーパーフライ級5位ジェイアール・ラクィネルは、リオ五輪フライ級金メダルのシャホービディン・ゾイロフ(ウズベキスタン)に8ラウンド判定負けを喫した。だが、この試合記録はBOXRECの何処にも残されていない。ラクィネルの対戦相手が直前にアラン・ディパエン(タイ/井上尚弥のWBA&IBFバンタム級タイトルに挑戦。8ラウンドTKO負け)からゾイロフに変更となったことも影響したのかもしれないが、フィリピン側の意向で抹消された可能性も高い。試合自体は淡々とラウンドを重ねるラクィネルに対し、ゾイロフの軽打がヒット数では上回っていた。だが、ボディを効かされ失速したゾイロフは尻すぼみ。8ラウンドは一方的に打たれて試合を終えている。まさに「IBAプロあるある」と言うべき内容だった。

 参考までに、25年1月末時点までに開催されたIBA CHAMPIONS’ NIGHT興行で誕生した各級IBAプロ世界王者は下表のとおりだ。

<第2部に続く>

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