DRY EYE~非感情的ボクシング論~

第11回 LOOK BACK 2025

2025年のボクシング界を総括する

◆PART 2 JAPAN and ASIA PACIFIC<日本&アジア太平洋編>

文_増田 茂 Text by Shigeru Masuda 試合写真_山口裕朗 Fight Photos by Hiroaki Yamaguchi

米・リング誌2025年12月号

 軽量級を中心に、世界有数の活況を呈する日本のマーケットは、またもや世界スーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)に始まり井上尚弥で終わった感は否めない。近年では稀な年間4度防衛は各方面で称賛されたが、個々の試合のクオリティに言及するなら、手放しで推奨するのは差し控えたい。
 専門誌上でも指摘したが、一定以上の緊張感を伴って相対できる対戦相手との試合を年2試合程度こなす方が、当然のこと心身共により整ってパフォーマンスレベルは上がる。
 さすがに年4戦目のアラン・ピカソ(メキシコ)戦では、井上のフィジカル・メンタル両面の消耗が感じられた。大差の判定勝ちを収めながら、少なくともパウンド・フォー・パウンドのランクを上げるまでのインパクトを与えることはできなかったではないか。
 近年の海外メディア、とりわけアメリカのメディアは、事前に何かと井上の挑戦者をこき下ろし、井上がいかなる勝ち方をみせようとさして評価はできないという論陣を張って牽制する傾向にある。彼らにとって井上は、悪い意味でも無視できない存在に昇華している。プロボクシングという競技を象徴する存在として、井上にはよりクオリティを意識した試合活動が望まれる。

日本プロボクシング繁栄の表と裏

 1月19日、アメリカのリング誌がSNS上で発表した下記8項目の年間賞ノミネートリストには、日本プロボクシングのトップステージにおける充実ぶりが色濃く反映されていた。これほどまで多くの日本人ボクサー、関係者の名が記載されたリストは、初めてお目にかかるものだった。
➀Fighter of the Year (male) 井上尚弥
②Fight of the Year
井上尚弥 vs ラモン・カルデナス
寺地拳四朗 vs ユーリ阿久井政吾
③Fighter of the Year (female) 晝田瑞希
④Knockout of the Year
ブライアン・ノーマン vs 佐々木尽
➄Round of the Year
堤 聖也 vs 比嘉大吾(9R)
寺地拳四朗 vs ユーリ阿久井政吾(12R)
➅Upset of the Year
リカルド・サンドバル vs 寺地拳四朗
⑦Prospect of the Year 堤 麗斗
⑧Trainer of the Year 井上真吾

 Round of the Yearは堤聖也(角海老宝石)対比嘉大吾(志成)で両者が痛烈なノックダウンを交換したWBA世界バンタム級タイトル戦の9ラウンドが受賞。Trainer of the Yearは、世界スーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥とWBC世界バンタム級王者井上拓真(いずれも大橋)の実父である井上真吾氏を選出。そしてFemale Fighter of the YearをWBO女子世界スーパーフライ級王者の晝田瑞希(三迫)が受賞した。
 またKnockout of the Yearは当時のWBO世界ウェルター級王者ノーマンが、佐々木尽(八王子中屋)を左フック1発で豪快にKOした東京での防衛戦が選出された。敗者の心境は複雑だろうが、試合自体も注目に値したという点で肯定的に取り上げたい。ともあれ4つの賞が日本人関連というのは史上初。アメリカメディアのSNSでの反応が楽しみだ。
 さて、25年度には国内で195興行が開催された。コロナ禍で92興行まで落ち込んだ20年度から、18年度と同数までV字回復を遂げた。
 また、25年度に行われた日本人ボクサー出場の世界戦は国内で25試合、海外2試合で実数は計27試合。複数団体統一世界戦を団体数で加算すれば43試合。これ以外に国内では外国人同士の世界戦も1試合行われた。
 昨年度、ミニマム級からスーパーバンタム級までの6階級で行われた世界戦は4団体で計58試合。ダブりを省いた実数は37試合。そのうち22試合が日本で行われた。日本の占有率は59.5%となる。一昨年は46試合中28試合の61%であり、この点はあまり変わらない。年度末時点での世界王者数は4人減って5人。アメリカの17人、メキシコの7人に次ぎ、ワンランクダウンの3位となった。
 様相が変わったのは世界戦全体の勝率低下だ。海外での2試合を加え、逆に5試合も行われた日本人同士の試合を外すと9勝(6KO)12敗(3KO)1分。勝率は24年度の74%から大きくダウンし40.9%。また、新たにタイトルを獲得したのはIBFフライ級の矢吹正道(緑)とWBAライトフライ級の高見亨介(帝拳)の2人だけだ。
 これは、一時期のイギリスで見られた状況と重なるものがある。リング外ビジネスの強みで世界タイトル戦を量産。2016年末時点でアメリカ、日本を凌ぐ最多13人の世界王者を擁し、世界戦開催数でも1位アメリカの50試合に次ぐ25試合を自国で開催した。
 その軸となったマッチルームボクシングのCEO、エディー・ハーンは自国ボクサーへのかい被りが過ぎ、ボクサーも妙に自信過剰で本来のスタイルを見失っていた。その結果、当たっては砕けを繰り返し、弾切れに陥ったところをコロナ禍に見舞われた。
 第二次世界大戦後のイギリスに経済停滞現象をもたらしたものよりひと回りシンプルな、言わばボクシング版「英国病」である。
 日本の場合、マーケットが軽量級に偏っている分だけイギリスよりも柔軟性に乏しい。世界的な軽量級不況状態にあって積み上げてきた軽量級世界タイトル戦の開催実績がもたらした世界タイトル戦の高い生産性に、実力的に見合うボクサーの生産性が追いついていけなくなっている。
 また、25年度の日本人ボクサー世界戦敗退の構図にはデジャブ(既視感)を覚えた。力んだ強打をすかされてミスが多く、柔軟なボクサー型をとらえきれぬまま余力を残すポイント負け。または「力なき技」、「技なき力」がワンランク上のステージで通用せず、後れをとって打ち負けていた。
 それは「軽量級キングダム」を標榜する遥か以前、忘れかけていた昭和の世界戦で頻繁にみられた負けパターンではないか。

■日本タイトル戦の現況と問題点

 もはやナショナルタイトルが日本ほど重要視され、大切に扱われている国はなくなった。前身である1891年設立のNational Sporting Club (NSC) からの歴史を紡ぐBBBC(British Boxing Board of Control/英国ボクシング管理委員会)のタイトルですら、昨年度は18試合しか行われていないのだ。
 一方、25年度に行われた日本タイトル戦は28試合。ただ、コロナ禍の影響を脱した22年の33試合から31→30→28試合と僅かながら右肩下がりなのは気がかりだ。
 25年度の直接的な原因はスーパーライト、ミドル、スーパーミドル級で各1試合だけだったこと。またヘビー級王者但馬ブランドン・ミツロ(TMK)が防衛戦を行わぬまま、2月22日付で返上。王座は凍結となっていること。さらにヘビー級以外でも14階級中8階級で王座返上が生じたことだ。
 近年は、最強挑戦者決定戦→チャンピオンカーニバルの流れの中で日本タイトル戦が安定開催されている反面、王者のスケジュールが固定化され、王座返上の一因ともなっている。また、開催時期の重なる高額賞金トーナメントも一定の人気を集め、ともすれば企画ものの供給過剰状態に陥りかけている。
 また、日本ユースタイトル戦は10階級で14試合が行われた。WBCユースタイトル戦も全10試合中3試合が日本での開催だった。ユースタイトル戦は内容が充実し、新人王からユースを経て日本タイトルを…というパターンも確立されつつある。基本的に23歳以下という年齢制限があったことで、腰掛的に利用されているとの批判の声も聞かれたが、日本ほどユースタイトルが有効活用されている国も稀だ。
 さらにアマからプロに転ずるに際して、かつてはアマのスタイルに染まりきる前、高校卒業後のプロ入りがベターとされていたが、近年は様相が変わってきた。
 個人的資質にもよるが、元々プロ志向でU15から高校の部活を経た世代は、同レベルの相手との対戦が繰り返され、試合強度の高い大学リーグ戦を経てプロ転向前に筋金が入る。
 昔日のようなプロ・アマ間の障壁がなくなり、一定のクオリティまで仕上がった元トップアマがコンスタントにプロに転じることで、世界タイトル戦線では生え抜きのプロの方がマイノリティとなる逆転現象も生じて久しい。
 ジムサイドのそうしたプロモーション実績が継続的に優秀なアマを呼び込む。ここにもまたプラスのスパイラルが生まれている。

■日本人ボクサーの海外進出

 12月27日、Ryadh Seasonの一環として同地で開催された“Night of The Samurai”は、日本のトップボクサーを前座からメインまでAサイドに並べた画期的興行だった。当初予定されていた2世界戦が中止となったのはいささか拍子抜けながら、こうした興行が海外でビジネスとして成立すること自体に隔世の感を覚える。

 この興行ほどグローバルな注目を集めたわけではないが、亀田プロモーションが7月と10月にキルギス共和国で開催した3興行は、これまで交流のほとんどなかった中央アジアのボクシングに触れる意義ある試みだった。12月には逆に同国から7人のボクサーが来日。矢吹正道の世界戦の前座で「日本-キルギス対抗戦」が開催された。大手系列に属さぬインディペンデント系プロモーションならではのアイデアと言えるだろう。
 個々のボクサーに目を向けると、プロデビュー前にRyadh Seasonと契約。ニューヨークでプロデビューした堤麗斗(志成)は、その後全て海外で4戦4勝(3KO)でリング誌の“Prospect of the Year”候補にもノミネート。早々とWBAフェザー級8位につけている。
 また、国内アマで芽が出ず高卒後に単身渡米。文字通りイチから始めて世界ランカーとなったのが秋次克真。現在14勝4KO無敗で最新ランキングはバンタム級でIBF5位・WBO8位・WBC12位・WBA14位。結婚してアメリカ国籍も取得している。4月11日、両国国技館で“ジャパン・デビュー”することが決まったが、今後、秋次が日本国内でも知名度を上げれば、その後を追う者も現れるだろう。

■日本女子世界戦のメッカは海外へ

 25年度は女子地域タイトル戦が激増した反面、世界戦は国内で2試合のみだった。これに対し、海外での世界戦は10試合(暫定1試合含む)に上がった。男子世界戦が国内での需要が高く、海外での井上尚弥の2試合だけなのと対照的な現状だ。遠征先を国別にみるとアメリカで4試合。ドイツとメキシコで各2試合。アルゼンチンとスイスで1試合。
 海外リングのホームタウンデシジョン傾向は国によってまちまちだが、一般論として概ね女子の世界戦の方があからさまだ。ドイツでの王座統一戦で不当な判定を落とした前WBA女子ミニマム級王者黒木優子(真正)には、日本での再戦の機会が与えられることが望まれてならない。
 そうした状況下で25年度の防衛戦全4試合をアメリカで行いすべて完勝した晝田瑞希(三迫)の実績は、まさにリング誌Female Fighter of the Yearに値する。

4防衛戦をすべてアメリカで勝利した晝田 Photo/Yuriko Miyata


 ともあれ晝田の快挙は、先立ってIBHOF(国際ボクシングの殿堂)入りが決まった元女子世界5階級制覇王者の藤岡奈穂子氏と並ぶ日本女子プロボクシングの誉れだ。
 配信メディアのコンテンツとしての需要を欠く点で、日本のトップ女子ボクサーが海外での世界戦を選択せざるを得ない状況は今しばらくは続くのではないか。

■リング禍と激闘のメッカとしての在り方

 日本人トップボクサーの傾向として、試合でも練習段階でも「抜く」ことが上手いとは言えない。それは一面の美徳でもあり、とりわけアメリカのリングで絶滅危惧種となりかけている“DO or DIE”(殺るか殺られるか)タイプの試合にボクサーを駆り立てる。
 英・ボクシングニュース誌は11月20日号の日本特集で「日本人同士の世界戦は、ディエゴ・コラレス対ホセ・ルイス・カスティーヨ(2005年のリング誌Fight of The Yearに選出された伝説の激闘)のような試合になりがちだ」と論じていた。
 日本がプロボクシングの激闘のメッカとして世界的に注目される傍ら、2025年は痛ましいリング禍が続発した年として記憶される。とりわけ、ふたりのランキングボクサーが命を落とす結果となった2試合が行われた8月2日の興行を、我々は忘れてはなるまい。
 OPBFタイトルに挑んだスーパーフェザー級の神足茂利選手(M.T/12回ドロー)。日本ライト級タイトルへの最強挑戦者決定戦に臨んだ浦川大将選手(帝拳/8回TKO敗)は、いずれも試合後に緊急搬送され、搬送先の病院で急性硬膜下血腫除去手術を受けたが、数日後に不帰の人となった。
 また、これに先立つ5月24日のIBF世界ミニマム級タイトル戦に臨んだ前王者重岡銀次朗選手(ワタナベ)が、判定負けを喫した試合直後に昏倒。緊急搬送され開頭手術を施されキャリアを絶たれたものの、幸い命はとりとめ意識も回復。現在は日常生活復帰を目指しリハビリ中にある。
 8月12日にJBC(日本ボクシングコミッション)とJPBA(日本プロボクシング協会)による緊急事故防止委員会を開催。また22日には初となるプロ・アマ合同医事委員会がJBCとJBF(日本ボクシング連盟)双方のドクターも出席して行われた。
 関連団体との競技事故の現状と問題点の共有。従来のあらゆる事故対応策の徹底した洗い直し。実行価値のある新たな対応策の追求、データの収集。「やれることはすべてやる」(JBC)との指針で検討が重ねられる中、帝拳プロモーションが具体的な対応策を発表。10月4日の後楽園ホール興行から実施された。
 日本医科大学の全面協力を得て立ち上げた「帝拳セーフボクシング・プロジェクト」の骨子は、興行時の同大附属病院高度救命救急センター所属の救命専門医と救急救命士の後楽園ホール待機。ドクター・カーの配備。同センターとのホットライン(直通電話)を設置し、ドクターの判断を経て同センターへの速やかな搬送と医療処置を可能化するものだ。
 ABC(全米ボクシングコミッション協会)の緊急対応ルールに加え、恐らくはWBCのMedical Regulations4の23、同24項を踏襲。国内事情にアジャストして考案されたものではないかと思われる。
 JBCも9月中には後楽園ホール興行の3分の2に救急救命士を配備。1月12日のプレスリリースで東京科学大学病院と「医療連携および研究事業連携に関する覚書」を1月1日付締結したことを発表した。
連携の主な内容は下記の通り。

  1. 医療連携
    ・後楽園ホールでの試合等における事故発生時の救急診療
    ・脳震盪症例等に対する外来診療の受け入れ
    ・リングサイドにおける医事活動への医師派遣・協力
  2. 研究事業連携
    ・試合および練習における脳震盪等に関する疫学的研究
    ・脳震盪症例の動画解析・シミュレーション研究
    ・その他、事故予防に関連する研究の共同推進
    昨秋来、観客入場前の後楽園ホールでは講習を受けた緊急時対応のシミュレーションを毎回、JBCの試合役員総出で行っている。

Dry Eye Digest 日本の主要6試合を読み解く

■180秒間に凝縮された熱狂のマテリアル

WBA世界バンタム級タイトル戦
2月24日 東京・有明アリーナ
堤 聖也(王者/角海老宝石)12回ドロー 比嘉大吾(4位/志成)

 この試合の9ラウンドが、リング誌Round of the Yearを受賞したのは至極当然のことだった。熱狂のための材料がこれほど豊潤に詰め込まれた180秒間を、少なくとも25年度の他の試合から易々とは思い浮かばない。
 8ラウンド終了時点でジャッジ3者共にスコアは78対74で比嘉。打ち気を抑えつつジャブと左フック、右を好打。イレギュラーで打ち出す大振りの右フックも効果的で、着々とポイントを重ねて9ラウンドを迎えた。
 立ち上がりは堤が優勢だったが、1分45秒にスイッチが入る。比嘉は堤の右アッパーに合わせ、その打ち終わりに左フックを一閃。右アゴを鮮やかにとらえてキャリア初のダウンを与えた。同じパターンの左フックは1ラウンドにもみせており、当たる感覚は早めにつかんでいたのではないか。
 勝利へのラストクレッシェンドで生じた急展開のさなかで、比嘉の犯した小さくて大きな過ち、それまでのデリケートなステップを忘れて繰り返し真正面から突っ込み左右のフックを連発。9ラウンド残り30秒を前にして右アッパーを打ち出し、上体が開いたところに堤の打ち下ろしの右カウンターを直撃された。自らが奪ったよりも明らかに強烈な、前のめりに倒れる絶望的なダウンから立ち上がった時、もう比嘉の意識は飛んでいたという。

王者堤が右カウンターを決めて、比嘉に強烈なダウンを与えた


 ルール上、ダウン自体の強弱はポイント差に計上されない。ダウン前後の展開の優劣で9ラウンドは堤が10対9で押さえた。以後のラウンドもすべて取りながら、最終的なスコアはジャッジ3者とも114対114に収束した。
 この一戦をFight of the Yearとして考慮するなら、8ラウンドまでの展開に関しては物言いをつけることもできそうだ。
 堤は強打を封印した比嘉のジャブとイン・アンド・アウトへの対応が上手くいかず後手に回り、スロースターティング傾向を露呈。狙いの左ボディも継続的に機能せず、ペースを先押さえされてポイントを失った。4ラウンドのバッティングによる右目上のカットを機に攻勢を強めながら、比嘉の巧妙なステップにヒットが続かなかった。
 そうした傾向は次の防衛戦でもみられ、堤は再び多大なダメージを被ることとなった。一般論として、スロースターターと呼ばれるボクサーは、キャリアを経るにつれてエンジンのかかりが遅くなり、やがてはそのまま試合を終えてしまうケースもみられる。
 だが、それを表立って声高に語るには、あの9ラウンドは魅力的に過ぎただろうか。

■勝利のゴール目前の失速に泣く

WBA&WBC世界フライ級タイトル統一戦
3月13日 東京・両国国技館
寺地拳四朗(WBC王者/BMB)TKO12回1分31秒 ユーリ阿久井政悟(WBA王者/倉敷守安)

 キャリア・実績で上回る2階級制覇王者の優勢が語られる中、阿久井は寺地のウイークポイントをつくスタイルを持っていると感じていた。
 フライ級にフォーカスした場合、寺地はまだ元王者クリストファー・ロサレス(ニカラグア)との王座決定戦に勝った1試合だけ。ライトフライ級王者としてのラストファイトとなったカルロス・カニサレス(ベネズエラ)戦では右でガードを崩されて直線的に後退。フォローパンチをよけきれずに食って打ち負け、終盤はアウトボクシングに転じて辛うじて振り切った。
 キーポイントは、阿久井が分の悪いジャブの差し合いにつき合い過ぎず、強弱を利かせた右でジャブを押さえつつ寺地のブロックを崩すこと。そして、いったん崩せたなら、後先考えずに集中してパンチを打ち出せ続けるかどうかだ。以前、スパーリングでしてやられた寺地へのリスペクトが残っていればバグになっただろうが、それは杞憂に終わった。
 立ち上がりから中盤にかけて、阿久井は予想以上に巧く、強く立ち回った。前へ前へとプレスをかけつつ、上体を左右に振って打ち出す右は実に多彩で力強い。これで寺地のジャブを部分的にでも押さえ込むことでジャブでも打ち負けていなかった。
 とりあえず序盤を押さえ、中盤以降はセーフティーに…。そんな寺地サイドの思惑を払いのけるように、やや浅いとはいえ右ストレート、左フックのカウンターをヒットした3ラウンドは、前半の阿久井のベストラウンドだった。その一方で、不意に差し込んでくる寺地の右ボディが、終盤に向けての有効な布石となっていることは知る由もなかった。
 阿久井が先に取って寺地が取り返すポイント勝負。終盤は阿久井が追い、寺地は下がって回りながらも徐々にポイントを押さえていくが、11ラウンド終了時点でのスコアは103対106、105対104、105対104の2対1。阿久井が僅かにリードを保っていた。

寺地対阿久井は国内の年間最高試合(世界戦)に選ばれた


 ラストラウンド開始30秒過ぎ。メンタル、フィジカル共に限界寸前まで張り詰めた状態で打ちに行く阿久井に真っ向から応戦した寺地の右がクリーンヒット。そこから右主体にボディ、顔面と冷静に打ち分ける攻勢がおよそ1分続いてレフェリーが試合をストップ。最終的に余力の差で寺地が勝ち残ったが、両者ともにポテンシャルをフルに使いきったクオリティの高い一戦だった。

■2階級同時制覇もたらしたソリッドジャブ

IBF世界フライ級タイトル戦
3月29日 愛知県・国際展示場
矢吹正道(IBFライトフライ級王者/緑)TKO12回1分54秒 アンヘル・アヤラ(王者/メキシコ)

 25年度の世界タイトル戦で、最も印象的なジャブを操ったボクサーはいずれもフライ級だった。WBO王者アンソニー・オラスクアガの硬くて重い鈍器のようなジャブは、1ラウンド最初のクリーンヒットで挑戦者桑原拓(大橋)に右眼窩底骨折という致命傷を与え、矢吹正道のキレの良いロングジャブは、IBFライトフライ級タイトルを持ったまま、彼に同フライ級タイトルをもたらした。
 8歳若く、身長・リーチとも上回る無敗の王者に対し、矢吹は実にあっさりと機先を制した。ファーストヒットのジャブに続き、ワンツーの右も浅くヒット。スピードと精度の差を見せつけると、コンスタントにヒットするジャブ、上下に散らす右ストレート、さらに大振りの右で煽りをかける。残り10秒を切ったところ、アヤラの右ボディからの左フックに逆に左フックをカウンターで合わせてダウンを奪取。早々と役者の違いを見せつけた。
 さらに2ラウンド終盤、右を打ちつつ上体が前に出たアヤラに、カウンターの右ショートストレートを打ち下ろし、2度目のダウンを奪うなど、勝負は早いかと思わせた。
 だが、一方的に打たれながら頑強な抵抗を続けるアヤラの闘志が波乱を呼ぶ。続く3ラウンド後半、右で打ちかかった矢吹の顔面にサウスポースタンスにスイッチして左で迎え撃つアヤラの頭部が激突。矢吹は右目下を手ひどくカットし、アヤラも右眉をカットした。
 王者のホームであれば確実にテクニカルドローでアヤラに逃げられてしまったであろう流血戦で、まず試合成立を目指す矢吹は4ラウンドをコントローラブルなボクシングで押さえ、5ラウンドはアヤラの右でポイントを失ったが、その後は徹底抗戦の止まらないアヤラに手こずりながらもアウトボックス。ワンポイントも与えていない。出血も減り、逆にアヤラの出血で赤く染まった右顔面ばかりが目立つようになっていった。
 その冷静なリスク・マネージメントのキーポイントパンチがジャブであり、ジャブに引き出され12ラウンドに3度目のダウンを奪取。フィニッシュにつなげた右だった。

■アンタッチャブルの夜

4団体統一世界スーパーバンタム級戦
9月14日 愛知県・IGアリーナ
井上尚弥(大橋/王者)12回判定(3対0)ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン/WBA暫定王者)

井上尚弥がディフェンスでも魅せて、アフマダリエフを完璧にコントロール

 原稿対象試合や個人的に興味深い試合に関しては、基本的に異なる3方向以上からの映像を確認することにしている。記者席から見たもの、配信映像+アルファだ。この試合に関しては配信元のLeminoの関連会社にあたるd.dreamsportsが、画期的なフルラウンド映像を自社のYouTubeチャンネルで公開しており、Leminoのオリジナル映像や、海外放映映像よりも遥かに多く繰り返し視聴した。
 何が画期的かというと、リングサイドを陣取るカメラマン目線の映像で、ほぼ定点撮影。全体の95%は足元まで映っており、両者のステップの巧拙もよく判り興味深かった。
 井上の脚といえば従来は、ふくらはぎの太さが際立っていたが、アフマダリエフ戦では大腿の前側、大腿四頭筋の異様な発達具合がこの映像からは見てとれる。解説陣は井上の強打の源のように話していたが、筆者の見解は、止まる➡下がる➡また前に出る動作(イン・アンド・アウト)の強化。つまり、上体の筋力増加の結果、前へ流れる上体に引きずられがちになっていた下肢の強化によるディフェンス上のバランス補正のためと考える。
 井上が履いていたシューズはこの試合のための特注品だろうか。気になったのは土踏まず部分が上がって、つま先とかかと部分が分離。ヒールが1㎝程度形成されていることだ。JBCルールではシューズは「かかと」の無いものと明文化されているが、メジャー4団体のタイトル戦ルールではそこまで言及していないため問題はないのだろう。ただヒールが存在することで前後動(イン・アンド・アウト)ステップの瞬発性にはプラスだろうが、回り込む際にソールがフラットなシューズと同じステップではヒールが引っ掛かるため、その分上下動が大きく(1㎝だけ)なりバタつき感が出る。滑るようなステップは難しい。
 そんな余分なことまで考えさせる映像だが、画質のクオリティではやはり配信映像に及ばず、7ラウンドの井上の縦横無尽なステップや10、11ラウンドの展開については配信映像の方がより鮮やかに見てとれる。
 そしてラストラウンド終了前10秒を切ってから井上が食った、モーションをコンパクトにして軌道を鋭角に変えた右フックにはアフマダリエフの最後の執念が感じられた。
 最終スコアは118対110が2人に117対111。この日(日本時間9月14日、米国時間9月13日)同じくして行われた“Untouchable Fight”昼の部のテレンス・クロフォード(アメリカ)対サウル・アルバレス(メキシコ)戦と見比
べると、よりアクティブでメリハリに富んでいた分、逆に井上の被弾もクロフォードより多くなった。ハードヒット意識を抑制しての“Untouchable”バージョン化は、やはりこの試合が限界レベルだろう。

■「イラついたら負け」という試合の顛末

WBC世界バンタム級王座決定戦
11月24日 東京・トヨタアリーナ東京
井上拓真(2位/大橋)12回判定(3対0) 那須川天心(1位/帝拳)

 レギュラー(正統的)な技術の深さで勝る井上と、イレギュラー(常道にとらわれない)な戦術幅の広さで上回る那須川。その場合先手を取るのは後者だが、試合が長引くにつれて前者がペースを引き戻す。イラついて自分のボクシングを見失った方が負け。そんなやや抽象的な予想の下で試合開始を待った。
 那須川の長いリーチとサウスポースタンス、固有の間合いとタイミングで打ち出すパンチは、井上のスタイルにとってバグの素だ。1ラウンドの残り10秒を切って、ワンステップインから打ってきた井上の右ストレートを左グローブで弾いた那須川は、一拍置いてより射程距離の長い左ストレートを打ち出し、井上の顔を上げさせてラウンドを締め括った
 2ラウンド。井上は上体を細かく振りつつプレスをかけジャブから右をボディに伸ばすが届かない。逆に1分過ぎツーステップで間合いを詰めた那須川の右ショートフックを浴びた。さらに井上の右ボディストレートに打ち下ろしの左ストレートを合わせるなど攻防共に那須川がリズムに乗ってきた。
 3ラウンド。井上のプレスがさらに強まる。那須川の左の打ち終わりに右を返すがやや打ち遅れ気味か。距離のコントロールでは変わらず那須川が優位に立ち、終了間際に大きな右アッパーを打ち上げる余裕も感じられた。
 4ラウンド。両者の距離がにわかに詰まり、井上の右が当たる距離での攻防展開が増えた。井上の前足は那須川の右足のアウトを押さえ、右がガードのセンターを割ってヒットする。那須川の左ボディに合わせる右のタイミングも合ってきた。
 那須川有利と思われた4ラウンド終了時のオフィシャルスコアはジャッジ3者共ドロー。これに勢いづいたのは井上。メンタル面でバグを生じたのは那須川サイドの方だった。
 ロングレンジから打たれる那須川のパンチへの対応に馴れた井上は迷いなく距離を詰め始めた。ミドルレンジ内でのパンチ交換では、選択肢の多さで井上が大きく勝る。ショートブロー自体の巧拙の差もあり、中盤はコンスタントにポイントを上げていった。

“神童”那須川を、井上拓真が“大人のボクシング”で逆転


 7ラウンド後半。クリンチしてきた井上を振りほどこうとして突き飛ばした那須川にレフェリーの注意が入る。那須川はイラ立ちと焦りを行動で見せてしまった。
 決定力という点に関しては両者ともに標準以上のものはない。絶対に貰ってはならないパンチを持たぬゆえに、共にパンチの当たる距離の闘いを制した方に勝負は転ぶ。
 8ラウンド終了時点で76対76、77対75、78対74の2対0で井上。那須川が大きなステップを封印し、左ストレート、左ボディを決め打ちしてきた8ラウンド以降、那須川が明確にポイントを上げたラウンドはない。
 逆に井上の右のヒット率が上がり、クロスレンジで右アッパーをダブル、トリプルで持っていった11ラウンドは、両者の力量差が最大限に感じられた3分間だった。
 最終的に116対112が2人に117対111という明確な差をつけて王座に復帰した井上は、後に専門誌のインタビューで「フルラウンド集中が切れなかったのは初めて…」と語っている。チェスマッチは、概ねボクサーとして、より「大人」である方が勝利をつかむものだ。

■8ラウンドまでに3度TKO勝ちした坪井

スーパーフライ級10回戦
11月24日 東京・トヨタアリーナ東京
坪井智也(帝拳/WBOバンタム級14位)TKO8回2分59秒カルロス・クアドラス(メキシコ/WBC1位)

初回の早い段階で勝利を確信したという坪井

 坪井は1ラウンド早々にして、クアドラスとのスピード差、クアドラスのスピード対応力を掌握してしまったようだ。2ラウンド終盤にクアドラスの低い左ガードをついてヒットしたダイレクトライトはその感覚を攻撃面に確実に投影させたパンチだった。
 3ラウンドにはボディブローにも感触を得て、パンチのバリエーションはさらに増えていく。まともに打たせないだけでなく、ガードの上からでも極力触らせないボクシング。4ラウンドは肩越しの右をクリーンヒットしてからの4連打で、アマならダウン宣告だ。
 続く5ラウンドにもギアを一気に上げることはないが、左ボディを効かせ、さらに右クロス&連打で、試合はワンサイドとなり始めた。このラウンドで一気に仕掛ければ、クアドラスは対応不能に陥っていたことだろう。
 6ラウンド。クアドラスは手数で応戦を図るがクリーンヒットはなく、1分過ぎにボディを効かされ連打を浴びる。終盤、坪井は強度を上げた10発を超える連打をみせたが、攻撃のワンサイクルが短い印象も受けた。
 代名詞的となっている集中連打の数も徐々に増え、7ラウンド1分には20連打をまとめたが、ここも自らパンチを止めてしまう。
 連打の中の個々のパンチの数と強度、組み合わせは、坪井のシステムの中で確立されていて、そこに手を入れることは、回転のスムーズさや効果を損ねることになるだろうか。
 8ラウンド終了間際になって、ようやく試合はストップされた。アマなら坪井はそこまで最低3度はRSC勝ちしていたことだろう。
 正直なところ、この試合時点でクアドラスにWBC1位というランク相応のポテンシャルはなく、近年の実績を正確に反映してはいない。だが、3年前のジェシー・ロドリゲス(アメリカ)との空位のWBC王座決定戦では大差で敗れたとはいえフルラウンド戦い抜いている。天井こそ下がっても実力の底はまだ高いはずだった。
 この勝利で坪井はWBC2位に抜擢され、その後1位の元王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)が左肩の手術の影響でランクから外れて1位に上がった。そして2位は前フライ級王者寺地拳四朗だ。マネージメントの面で障壁はあるものの、個人的には坪井対ロドリゲス戦が見たい。

アジア太平洋編/二つの地域タイトルの動向

 ひとつ危惧されていたことが現実となった。WBC系列のOPBFと、WBOの下部組織WBOアジアパシフィック(以後WBOAP)という二つの地域タイトルが事実上、日本のタイトルと化した1年だった。
 25年度に行われた前者のタイトル戦は全25試合(前年比3試合増)。開催国別にみると日本で24試合。韓国で1試合。年度末における王者は日本10人。韓国2人。フィリピンと中国各1人。3階級で空位となっていた。
 後者も図ったようにタイトル戦は25試合(前年度に同じ)。日本で24試合。韓国で1試合も同じ。年度末時点の王者は日本11人。フィリピン、韓国、中国に各1人。3階級が空位だった。タイトル戦は共に96%という過去最高の占有率で日本に集中していた。
 WBO内部の一構成組織であるWBOAPはまだしも、OPBFは本来的に独立した地域団体であり、本部国は地域内のリーディング・カントリーとして加盟各国ボクシングの交流と発展を図る役割を担っている。
 この点、OPBF本部国のJBCは地域内非加盟国のボクシング普及・発展に寄与する活動にはポジティブだが、JPBAとの関係性もあって、リング・ビジネスに関しては内向きになっている。
 もとより、WBO内におけるWBOAPの存在価値は、日本のボクサーを王者にしてランク入りさせ、世界タイトル戦を作ることにある。OPBFもまたWBCに対して同様の機能を果たすべく、役割上WBOAPに寄っていったのだろう。
 なお、リング禍未然防止に向けたタイトル戦ラウンド数削減策により、OPBFタイトル戦では8月19日のスーパーフライ級戦から、WBOAPは同12日の同級戦から、従来の12ラウンド制を廃して10ラウンド制に変更した。
 WBOAPは以前より、出場ボクサーのキャリアを考慮して一部タイトル戦を10ラウンド制で行っていたが、レオン・パノンシロWBO副会長はJBCの提案を受け、今後地域内各国でも同様の措置を実施していく意向だ。
 個々の地域王者に目を向けると、MVPは年間3度防衛のWBOAPフェザー級王者藤田健児(帝拳)、準MVPにOPBFバンタム級王者ケネス・ラバー(フィリピン)と同フライ級王者飯村樹輝弥(角海老宝石)。またベストバウトとして齋藤麗王(帝拳)対渡邊海(ライオンズ)のWBOAPスーパーフェザー級戦を挙げたい。

Dry Eye Digest 地域タイトル戦主要3試合を読み解く

■最も恐れられる王者の誕生

OPBFバンタム級タイトル統一戦
3月24日 東京・後楽園ホール
ケネス・ラバー(暫定王者/フィリピン)TKO1回2分33秒 栗原慶太(王者/一力)

ラバーボーイ旋風恐るべし

 ノンタイトル戦を不本意な内容で終わらせたバンタム級王者栗原はモチベーションを落とし、一時は進退問題にまで直面していた。
 1位に据え置かれて長いラバー陣営は、一刻も早いタイトル挑戦を強硬に主張してきた。栗原サイドは本人の心身のコンディショニング再構築のため、できるだけ先延ばししたい。入札直前という段階まで話はもつれた。
 そこでラバーのために暫定王座決定戦を計画。その間に栗原の心身リカバリーを図り、試合日程を決定する方向で話はまとまった。
 13位デカナルド闘凜生(六島)との暫定王座決定戦で、サウスポーのラバーは鬱憤晴らしのように闘凜生を蹴散らした。左ストレートを連発してからの右フック1発で倒し、僅か58秒TKOで試合を終わらせた。
 4ヵ月後、タイトル統一戦に登場したラバーは、正規王者に対してはもう少しだけ時間をかけた。19勝16KO(8敗1分)という栗原の強打へのリスペクトに加え、開始20秒で被ったバッテングが効いていたのだろう。
 だが、栗原のパワーのほどと、自分の左への反応を見極めると、まずは中間距離でのパンチ交換から左ストレートを顔面に打ち込み最初のダウンを奪う。ダメージの残る栗原に今度はクロスレンジでの左フックで2度目。再開後、無造作に左ストレートを食ったところでレフェリーが試合をストップしたタイムは2分33秒だった。
 その後、ラバーは亀田プロモーションと契約。日本のリングを主戦場に世界挑戦に向けたマッチメイクを望んでいるが、少なくとも、望んでラバーのOPBFタイトルに挑もうという日本人バンタム級はいないようだ。

■純日本的スタイルのリベンジ

OPBFフライ級タイトル戦
5月3日 東京・後楽園ホール
飯村樹輝弥(王者/角海老宝石)10回判定(3対0)エスネス・ドミンゴ(1位/フィリピン)

 両者は2年7ヵ月前にも同じリングで対戦。肋骨を痛めていたという飯村は、2、3、5ラウンドに左でダウン。6ラウンドにもドミンゴの左フックを効かされストップ負けという惨敗を喫していた。
 飯村は既に3団体で世界ランク入りしており世界戦の声掛けもあったが、飯村自身の意向でこのリベンジマッチが実現した。
 初戦時、フィリピン3位のドミンゴは、日本での飯村戦、さらに富岡浩介(REBOOT)戦での劇的な逆転KO勝ちを経てOPBFランク入りしたボクサーだ。
 初戦以降4連続KO勝ち。2つの地域タイトルを獲得したドミンゴは、上体がバルクアップしていっそうパンチャー化していた。飯村もまた5連勝。日本王者となり3度防衛後に空位のOPBF王座を獲得。共にグレードアップして迎えた再戦だった。
 試合内容は、今にして思えば4ヵ月後の井上対アフマダリエフ戦のスケールダウン・バージョンのような試合だった。ただし好戦的なヒット・アンド・ランは飯村にとってのオリジナルスタイルだ。
 キーポイントは飯村の攻勢のさじ加減だった。立ち上がりから左ボディ、右カウンターをヒット。ハンドスピードとステップの切れで飯村が勝るが、当たるを幸い打ち気に逸るほど徐々にペースは挑戦者向きになっていく。
 とりわけ、初戦で食った打ち終わりに合わせてくるドミンゴの左フック、接近戦でのボディブロー、左右アッパーが怖い。
 4ラウンド終了時点でスプリットドローの競った展開から、少しずつ抜け出していったのは飯村だった。強く打ち過ぎずに当てて下がり、回り込む。追わせて振らせて打ち終わりをまた打つ。ドミンゴは身体が大きくなった分、追い足は以前より鈍くなっていた。
 8ラウンド終了時に77対75が2人、75対77の2対1でリードした飯村は、左ボディのダメージと大振りによる疲労から明らかにペースダウンしたドミンゴに、以後ワンポイントも許していない。ジャブがコンスタントに出続けて、ステップの精度は最後まで落ちなかった。スコアはJBCジャッジ2人が117対111。フィリピン人ジャッジは115対113と接近していたが、実質的に完勝で飯村がリベンジ防衛を果たした。

■英国誌にもノミネートされた「伝説」の再現

WBOアジアパシフィック スーパーフェザー級戦
7月31日 東京・後楽園ホール
齋藤麗王(1位/帝拳)TKO3回2分2秒 渡邊 海(王者/ライオンズ)

 25年度の後楽園ホールで、最もスリリングかつエキサイティングだったのはこの大逆転劇ではなかろうか。
 <世界編>でも言及したが、海外メディアによる年間各賞の候補に、25年度ほど日本人ボクサーの名が多数挙がった例はかつてない。この一戦も、英・ボクシングニュース誌に25年度のFight of The Year候補として、井上尚弥対ラモン・カルデナス戦、寺地拳四朗対ユーリ阿久井政吾戦と共にノミネートされていた。
 先手を取ったのが速攻型の顔を持つ王者・渡邊だったのは大方の予想通りだった。1ラウンド1分も経たぬうちだった。ジャブを伸ばしつつ前へ前へと圧をかけてくる齋藤が続けて打ち出した右に合わせて右を打ち下ろして効かせ、連打から左フック、右ストレートで最初のダウンを奪う。
 立ち上がった齋藤のダメージは大きく、およそ50発もの追撃打を浴びて2度目のダウン。この時点で1ラウンドは1分残っていたが、齋藤は必死で打ち返し、クリンチも交えて辛うじてラウンド終了のゴングを聞いた。
 2ラウンド。齋藤は同じように前へ出て、打ち疲れの残る渡邊をコーナーに釘付けにして連打を浴びせかけ続けた。渡邊も打ち返し右ストレート、アッパーが齋藤を捉えるが、体勢を後方に崩されてのパンチが多く、齋藤を後退させられない。齋藤のパンチはクリーンヒットこそ少ないが、その対応に渡邊はすっかり消耗していた。齋藤はゴング後に右をヒットして減点されたが、このワンパンチは渡邊に少なからぬダメージを与えていた。
 3ラウンドが始まると試合のイニシアティブは完全に齋藤に移っていた。連打のパワーとボリュームが上がり、渡邊は応戦しつつも防戦に追い込まれていく。齋藤のパンチもさすがに精度を欠いたため余分に長い時間打たれ、最後はどのパンチが…というより、ダメージの蓄積から立ったままストップされた。

齋藤が大逆転の連打。この試合は世界戦以外の年間最高試合に選出された


 齋藤は半年前の保坂剛(三迫)戦でも1、3ラウンドにダウンを奪われながら、7ラウンドに怒涛の連打でたたみかけ、逆転ストップのTKO勝ちを飾っていた。だが、同年内によりグレードが上のステージで同様のことが再び起きると思い浮かべるほど筆者はロマンティストではない。
 「先に倒れた方が勝つ」。56年も前に同じ後楽園ホールの日本スーパーバンタム級タイトル戦(清水精対中島健次郎)でつくられた伝説が目前で蘇った。

コメントを残す

The Boxersをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む