完勝求めた中島と、沼に引きずり込んだ出田

8月8日・東京・後楽園ホール
日本スーパーウェルター級王座統一戦10回戦
○出田 裕一(三迫)チャンピオン
●中島 玲(石田)暫定チャンピオン
判定2ー1(96対94、96対94、94対96)
新旧対決となった日本スーパーウェルター級王座統一戦、チャンピオンの出田裕一(三迫)と中島玲(石田)の10回戦。出田が得意な打撃戦に敢えて踏み込んだ中島が、見栄えのいいヒットで前半を2-1でリードしたが、闘志衰えぬ出田が後半ギアを上げ、逆転勝利をつかんだ。
文_本間 暁 写真_山口裕朗
Text by Akira Homma/ Photo by Hiroaki Photo Finito Yamaguchi
初回から足を止め、頭をつけての打ち合いを、決然たる意思で挑んだのは中島だった。足を使われれば追いかけて捕まえる。そういう覚悟もあった出田にとって、その手間が省けるのだから願ってもない。いずれにしても、最終的にこの距離と展開にするのは、出田にとって唯一勝利を切り開く道だったのだから。
だが、だからこそ中島は敢えてその道を選んだ。出田とともに並走し、行く手を阻み、封鎖する。ここでの戦いを制すれば、出田は立ち往生して行き場を失ってしまう。ただ勝つだけではない、完全勝利を求めて。一撃のパワー、フィジカルパワーでも上回る自信に満ちていた。勇気ある選択だった。

相手がどのようなスタイルで来ようとも、変わらず出田は坦々と自分のボクシングを続ける。コンパクトな連打を上へ下へとひたすらにひたむきに繰り出していく。動かない中島はこれをガード対応で受け流し、瞬間的に異彩を放つ動きを見せて左右アッパー、左右フックを単打で返す。その一撃はどれも見栄えよく、タイミングも合っていて、威力に溢れていた。2ラウンドには左フックで出田のバランスを崩させてもみせた。
「当たる。パワーも上回る。フィジカルでも負けてない」。中島は、そういう手応えを感じていたのだろう。しかしただ一点の“思惑違い”は、ダメージ濃度だ。
もっと明白なシーンを作れるはずだった。グラつかせ、あわよくばダウンを奪う──。けれども、出田はそんなそぶりすら見せない。手数も一向にやまないどころか増すばかり。ならば、もっと強いパンチを決めて止めてみせよう──。
中島は、こうしていっそう単発ブローに陥っていった。その分、自身の防御意識は薄れていった。貰っても効くほどのものではない。そう、感じ取っていたのかもしれない。しかし、中島が自覚しなかった、あるいは無視していた出田のボディーブローは、じんわりと着実に中島を蝕んでいた。

5ラウンド終了後に発表された途中採点は49対46、50対45で中島を二者、48対47で出田を1人のジャッジが支持している。中島側は「よし! 逃げ切れる」と思えるはずのスコアだが、そのゆとりは感じられなかった。心身ともに消耗し始めていた。リードをどうやって守るべきか。迷いと不安しか芽生えていなかったように感じた。
リズムもペースもつかんでいた出田は、「逆転に向けてギアを上げていく」という目的が明確だった。スタミナも問題なし。ダメージも大丈夫。リズムに乗っての手数だから、傍で危惧するようなスタミナロスはない。コンパクトに打っているのもロスを防ぐ策のひとつ。そもそも、これこそが長年のキャリアの中で生み出したスタイルなのだから。
でんでん太鼓のごとく、パラパラパラパラと打ち続けてきた出田の連打は、威力を感じさせない。しかしこの中盤以降、回が進むごとに、出田はその中に“異質”を織り交ぜていった。50のパワーを70に、100㎞のスピードを130㎞に。リズミカルに振り続けてきたバチは、自然とテンポも変えて打ち下ろされるから、さすがの中島も対応に苦慮した。疲れから、体も動かない。頭も機能しなくなっている。
足を使って距離を取る。中島に、それを試みる意思があったかどうかはわからない。スタミナ消費を極力抑えるという意味でも、それはひとつの得策でもある。だが、こういう展開からの足は“完全な逃げ”になり、出田にさらなる勢いをつけてしまう。ボディーを打たれての疲弊、ペースを奪われての消耗、いずれもが折り重なって、すでに動けなくもなっていた。そもそも足を使うリズムになっていないから、ここからの変更は至難の業だった。
出田の“沼”は、遠目からは純度100%の清水に見える。甘い香りを漂わせ、それに誘われて飛び込んできた者をずぶずぶと引きずり込む泥へと変貌する。警戒し、遠くから眺める者がいれば、その泥を執拗に投げつけて身動きを取れなくしてしまう。
中島は、それが沼と知りながら、敢えて足を踏み入れた。その好奇心と勇気はしかし、出田に絡め取られてしまった。
ボクシングの深遠を幾度も味わわされ、知り尽くした出田。その一端を当夜思い知らされた中島。出田は勝利を見事につかみ取り、中島の勝負はまたここから始まった。

当日、会場で観戦していた身としてはあの興奮と驚き、感動が甦るような記事でした。
自分は出田さんを応援していましたが、1Rが始まった段階で「これはもう無理だろ…」と絶望的な思いになりました。出田さんのコンパクトな連打(あまり効いてなさそう)と、それに対して中島さんのキレのいい重そうな単打がすごい音でヒットする度に周囲でも「あぁ…」と悲愴なため息が漏れてました。
試合後に本間さんの「注目FIGHT展望」を読んで、まさにその通りの展開になっていたので驚きました。
「エモい」と一言で片付けるには、あまりに濃度の高い熱闘REVIEW、ラストの三行にリングの二人とボクシングへの深い愛を感じ、読んでいて心が震えました。
和泉さん、ご丁寧なコメントをいただきまして本当にありがとうございます!
とても励みになりますし、私たちもさらに勇気をいただけます。
リング上のふたりの戦いが、何よりも素晴らしかったまで。
それをほんの少しでも、わかりやすくお伝えすることができたとしたら本望です。
これからも、ボクサーやその周りの方々が表現してくれたもの、その一助を担えれば…という想いです。
今後とも、私たち「THE BOXERS(ボクサーズ)」をどうぞよろしくお願いいたします。