
男はがっくりとうなだれた。
「暫定」の二文字が消えるはずの、待ち焦がれた日だった。
心から血を流しながら、だがまた自分が起き上がることを知っている。
だって俺は、格闘技以外の生き方を知らんのやから——
元日本スーパーウェルター級暫定王者、中島 玲。25歳。
——前編——
文_加茂佳子 写真_山口裕朗
Text by Yoshiko Kamo Photos by Hiroaki “Photo Finito”Yamaguchi
敗者の控え室前で、所在なげに立っていた。
タイトルマッチが終わったあとは、勝者と敗者、どちらの話も聞きに行く。
あって欲しくないことだが、ダメージが深く、病院に向かうので会見はなしで、という場合もある。コメントは勘弁してやってください、と陣営から告げられることもある。
今日はどうだろう。
中島玲(石田)の控え室の扉は閉じたままだ。
まもなくメインイベントが始まる。このまま待つか、階上の会場に戻るか、迷い始めたときだった。
ドアが開き、石田順裕会長が出てきた。
「もうちょっと、待っててもらえますか。本人、まだ話ができる状態やなくて……。すみません」
とんでもない。
慌てて頭を下げると、会長は力なく微笑んだ。こういう表情に接するたび、いたたまれなくなる。さらにこれから話を聞こうとしているボクサーの心情を思うと、申し訳なさで自分の立ち位置が嫌になる。
いつ招き入れてもらえるかわからないから、廊下の端に設置されたモニターでメインイベントを観て待つことにした。日本スーパーライト級王者の藤田炎村(三迫)が入場するところだった。
カチャとドアノブがまわる音がしたのは、30分ほど過ぎた頃だったか。
中島はベッドに腰掛け、がくりと首を落としていた。
早く「暫定」の2文字を取りたいのだと、中島が焦れるような口調で言ったのは試合の1ヵ月前だった。Zoomの画面に映る、25歳の日本スーパーウェルター級暫定王者は「8月8日はそれが叶う日だから待ち遠しいです」と言葉を繋げた。
日本スーパーウェルター級王者・出田裕一(三迫)の左目負傷により、暫定王座が設けられ、その座をランキング2位の加藤寿(熊谷コサカ)と競ったのは、今年4月。足を使う加藤を、中島が強打で追い詰めていく展開。9回、左アッパーで加藤をぐらつかせると連打でレフェリーストップを呼び込んだ。
「暫定やから、一切喜ばんとこうと思ってたんです。何ならベルトも腰に巻かんとこぐらいに。けど気づいたら、おっしゃあああ!!って雄叫びあげてて。あれで、かっこつけるのはもうええわ!ってめっちゃ喜んでしまいました」と中島は笑った。
多分生まれてから、一番、嬉しかった瞬間だったと思います——。
中島は長らく「ボクシングでの一番」に飢えていた。
3歳で空手を始めて以降、格闘技漬けの人生だ。幼稚園生のときから週5日は道場に通い、週末は公民館で兄と二人、父の特訓を受けた。2週に一度は試合。学校が唯一の息抜きだった。父からは一番を獲れ、と性根に叩き込まれ、自分は強くならなければ「いけない」のだと自覚した。空手も、中学から始めたキックボクシングも優勝して当たり前。だが「頭が悪すぎて入れる高校がなく」、キックの実績を買われて推薦入学した名門・興國高校でボクシングに転向して以降、一番とは無縁になった。インターハイも国体も全日本選手権も3位止まり。それならば、と東京農大でオリンピックを目指したが、入学の4ヵ月前に事故で負った怪我の影響もあり、トップにはとても及ばなかった。
高校3年の12月、友達の運転する車に乗っていて事故に遭った。
頸椎骨折。
医師から下半身不随になる可能性を告げられたときは、頭が理解に追いつかず、ただ「人生終わった」とだけ思った。だが、いったい何が起きたのか、奇跡としかいいようのない回復を遂げ、予定していたボルトで首の骨を固定する手術も不要になった。医師は「もう一度、ボクシングできるかもしれへん」と驚いた。
もちろん、そのつもりだった。
「3歳から格闘技しかやってきてないんで。自分にはそれ以外の道がないんで」
だが、天井を眺めるだけの寝たきり状態。2ヵ月後に起き上がったとき、体にはボクシングどころか自力で立つための力すら残っていなかった。
「生まれたての子鹿みたいな。足に力が入らんから何度もこけて、俺の体は元に戻るんか、こんな体で大学の練習についていけるんかと、不安しかなかったです」
弱気を抱えて入学した。
以前はたやすくできた動きができない。頭の中では動けているのに、腕も足も動かない。はたして練習に「まったくついていけなかった」
ほどなくマネージャー扱いのようになった。自身の練習より他の部員のサポートや水の用意や荷物持ちが優先。実戦練習が許されるまでも、1年近くかかった。
今は我慢のときだ、お前はいつか必ず、花を咲かせる奴だから、と言い聞かせてくれるコーチがいて、なんとか2年は踏ん張った。が、ここで過ごすことが未来にどう繋がるのか、いよいよ見えなくなった。
中退。挫折と反骨の心を抱えてプロに賭けた。
「俺は絶対日本チャンピオンにならなあかん。最後まで引き留めてくれたコーチのためにも、絶対なるんや、と思ってました」

プロ入り後、才気の開花は早く、4戦目で元OPBF王者の細川チャーリー忍(金子)を判定に破って日本ランキング入り。日本スーパーウェルター級王者・松永宏信(横浜光)の3度目の防衛戦の相手に選ばれたのは、プロ入りわずか5戦目だった。2020年4月のことだ。
勢いと強気をアピールするかのように、スピードと左ボディ、右フックで先制したのは挑戦者。王者は先刻承知とばかりに、終始落ち着いた様子でプレスをかけ、コツコツ中島を削りながら手数と連打でポイントを稼いでいく。中島も巧みなボディワークでかわし、右ストレートを打ち込んで意地を見せるも、様々キャリアの差が出た。判定負けだった。
リングを降りる途中、吐き気を覚えた中島は控え室までの通路で、堪えきれず嘔吐した。ゲェゲェ吐くうち、涙がポロポロ落ちてきた。
「悔しくて情けなくて悔しくて……」
その場で担架に乗せられ、救急車に乗った。軽い脳しんとうで肉体的に大事には至らなかったが、心は散り散りになった。
「俺は日本チャンピオンにもなられへんのか、と。空手とかキックボクシングとか、今までやってきたことも全部、帳消しにされたみたいに思えて」

はっきり自信を失った。
ジムに戻る気にはなれなかった。何かをしたいという気力がまるで起きず、何をしても気持ちは晴れない、楽しくもない。そんな日々にいつしか飽き、ぽつりぽつりとジムに足を向けるようになっても、気のないサンドバッグ打ちを2、3ラウンドやって帰るようなありさまだった。
「腐ってました。ほんまに。メンタルがどんだけ弱かったか」
気持ちが回復する手助けになったのは、時間、だった。
俺は、格闘技以外、生き方を知らんやろ。
そのことに気づくと、次第、悔しいという感情が思い出されてきた。再生の兆し。そうして一度は散り散りになった自尊心や闘志、負けん気の破片をかき集め始めたときだった。
「自分には、絶対的な覚悟が足りひんかったことに気づいたんです」
それまで中島には、心の片隅にボクサーは仮の姿だと思う気持ちがあった。
「誰にも言えませんでしたけど、僕、ボクシングで日本一になったらキックボクサーに転向しようと思ってたんです。空手もキックもずっと蹴りが得意やったから。……そんな気持ちでいる奴が、ボクシングに人生懸けてるボクサーに勝てるわけがない。何を考えとったんや俺は。負けて当然や、と」
松永戦から半年が経っていた。半年かけて、ようやく、負けた事実を直視できるようになり、その現実を受け入れると、今度は自分の内にある甘さや弱さが見えてきた。情けなかった自分との対面は苦しかったが、おそらくそういう局面でしか得られない気づきを、中島は得た。
自分が負けた一番の理由は松永選手が強かったからだ。だが。
俺が覚悟を決めたら、今までやれてなかったことをやれば、絶対強くなるはずや——。
目の前の世界が、パッと開いた気がした。強くなりたい。俺は「ボクシング」で世界を獲りたい、と素直に、心から思った。
「なぜならこの世界で勝ったら、心から胸を張れる、と思えたんです」
空手でもキックでも、アマチュアボクシングでも敗北は経験してきた。
「でも負けても次がすぐあった。プロボクシングは違うやないですか。勝つか負けるかで天と地との差がある。1戦に懸ける思いの重さも違う。残酷な世界や、と身をもって知ったからこそ、ここで胸を張れるようになりたい、と思いました」
ボクシングへの思いが一途になった途端、やりたい練習が次々思い浮かんで、試したくてたまらなくなった。
キックへの思いは、消えていた。
暫定王座決定戦を制したのは、松永戦からちょうど二年後のことだ。
暫定とはいえ、念願の日本王者。絶対に喜ばんとこうと決めていたのに、やったで!!と叫んでしまったのも、会長と抱き合ってしまったのも、
「それまでのことを考えると無理なかった、って思います。さすがに泣くのは堪えました、めっちゃ泣きそうでしたけど」
と中島は笑った。
「松永戦の前まで、俺は強いって自分に思い込ませてた気がします。負けたらどうしようって不安がいつもどっかにあって、でも今はその負けたらどうしようがない。練習の集中度もやってる内容もまるで違うんで。仮にこの先挫折するようなことが起きたとしても、最終目標は世界。腐るとかもうないです。起き上がります。自分のために強くなりたい、です」
それから、正規王者がいる以上、国内最強だと胸を張れない。早くそれを証明して上を目指したいのだ、と中島は言い、Zoomでの取材をこう締めくくった。
「出田選手がどう来ても、対応できる自信があります。戦い方ですか? 多分、僕がプレスをかけて前に出ていくと思います」

出田選手との試合後、敗れた中嶋レイ選手が、それはそれは清々しい顔でリングしたを眺めておられたんです。あの時、心に去来したのはどんな気持ちだったのか。その後のインタビューとは、かなり温度差があるので、試合直後のリング上の気持ちを知りたかったです。当時から、東洋大学の木村れんたろう君と仲良しでした!れんくん同士ですね🤝
ミヤ☆オクさん
いつもリアクションありがとうございます。本当に励みになっています。そしてコメントをありがとうございました。
メッセージにありましたリング上での胸中。今まさに中島選手が試合中、どんな心理状態にあったか。それがどう変化していき、どういう思いで判定を聞き、あの夜を過ごしたか。
出田選手との王座統一戦についての後編を書いているのですが、書きながら……改めて、ボクシングの勝敗の重さを感じています。
もうしばらくお待ちいただければと思います。ぜひ読んでいただきたいです。