強打者・増田の“ライン”を我がものにした、王者・堤の勇気と決断

☆8月30日/東京・後楽園ホール
井上尚弥バンタム級4団体統一記念杯バンタム級モンスタートーナメント準決勝
日本バンタム級タイトルマッチ10回戦
○堤 聖也(角海老宝石)チャンピオン
●増田 陸(帝拳)挑戦者2位
判定3-0(96対94、96対94、97対93)
王座3度目の防衛戦となる堤聖也(角海老宝石)と、わずかプロ4戦目での挑戦となる増田陸(帝拳)。必殺の左強打を持つ増田が堤の眉間を切り裂いた流血戦は、王者・堤が怯まず攻めて逆転。互いが持ち味を発揮する素晴らしい大熱戦となった。
文_本間 暁 写真_山口裕朗
Text by Akira Homma/Photos by Hiroaki Finito Yamaguchi
「ライン外し」から「ライン合わせ」へ
左右両構えをこなせる堤は、左構えを選択してスタートすると、同じくサウスポーの増田を中心に、その周りを左へ右へと大きくサークリングしていく。そうして、見るからに長い腕を駆使する増田の距離を把握すると同時に、増田最大の武器である左ストレートの“軌道線上”を外しにかかる。これは、対ハードパンチャーとして、至極当然のやり方である。
リングを動き回って運動量の多い堤に対し、増田は半身に構え、右グローブをやや下げた状態を作り、余計な動きを抑えてしっかりと相手を見据える。目線がブレることもなく、自身は無駄なスタミナを使わず、かつ相手を動かしてスタミナを使わせる。フリッカー気味の右ジャブを深く浅く突きながら、小さな足運びを用い、左ストレートを打ちこむ“ライン”をセットしにかかる。これは、西岡利晃、山中慎介、三浦隆司ら、帝拳ジム歴代の左の強打者たちが得意としてきた“伝統”である。

堤が選択した距離の取り方と、増田の左ブローの軌道を外す“ライン外し”は、強打をかわす得策のひとつではある。が、それが長引けば、増田のプレスにさらされて、気がついたときには抜け出せなくなる。そこに追い込まれてから跳ね返しにかかれば、それこそ増田が待ち構えていたカウンターの餌食になってしまっただろう。
堤は当然、それを承知していた。だから、“ライン外し”をしつつ、それよりも増田のブローのタイミングや軌道、距離を把握することに主眼を置いていたはずである。そうしてある程度それらをインプットできたと判断した3ラウンドあたりから、増田のプレスを感じるより先に、敢えて“ライン上”に乗っていった。
タイミングの読みづらい増田の右ジャブを両グローブで弾き上げ、左ストレートはガードの上、最悪でも額で受け止めダメージを殺す。中間距離では右ジャブをダブル、トリプルと続けて放ち、増田に左を打つタイミングを取らせない。ジャブに左を合わせてくれば、そこに同じく左や右フックをカウンターする準備を常にしつつ。

眉間をカットし出血も、“ライン上”から逃れなかった
“ライン上”に身を晒した堤は、上体を上下に沈める動きを取り入れた。フェイントにもなるこの動きは増田の目を幻惑し、タイミングを読みづらくさせる。そして、右足を前に出す左構えから、左足を前に出しながら左を打ち、そのまま前方に歩くようにして連打をつなげていく。
“ライン合わせ”に長けた増田だが、そのラインを築く自分のスタンスが、逆に自身のサイドへの動きを遅らせてしまう。そのため自然、前後の動きに限定されがちというリスクがある。ゆえに、堤の連打は、真っ直ぐ下がってしまう増田にはことのほか有効だった。

けれども、増田サイドもしっかりと準備していた。上下動して距離を詰めるタイミングを計る堤が体を沈めた瞬間に、狙いすました左アッパーを鋭く突き上げたのだ。
右目寄りの眉間を切り裂かれた堤は、鮮血を滴らせる。名カットマンとして知られる鈴木眞吾会長が必死の止血を繰り返すが、それでも血が止まるのはラウンド開始当初のみ。当然、目にも流れ込んでいたはずである。が、堤は気にする素振りも見せない。気持ちが後ろ向きになることもない。焦り打ちで強引な攻めを見せるでもない。そればかりか、増田の左の“ライン上”から逃げることをせず、逆にその“ライン”を自らのものにしており、果敢に冷静にカウンターを合わせにいき、“歩き連打”を繰り返した。
すっかり受けに回らされてしまった増田は、ダメージも蓄積し始め、ペースを奪われたことによってスタミナも失っていった。自らの意思で大きな動きを抑えてきていたが、試合終盤にさしかかると、動きたくても動けない状態になっていた。
7ラウンド以降は、堤が再三連打で煽り、ストップに持ち込む寸前にまで増田を追い込んでいた。が、増田も驚異的な粘りを見せた。いや、本人には“粘っている”つもりはさらさらなかったかもしれない。「この左を当てる。当てれば倒せる」という確固たる自信が、最後の最後までほんの僅かも揺るがずに彼を支え続けた。最終10回、自身初体験のラウンドに、猛然と攻めることができたのがその証拠だ。
最後の最後までスリリングさを感じさせた増田。パンチャーとしての気品は、どんな努力を積んでも常人には得られない、持って生まれた資質としか言いようがない。この試合で浮き彫りとなった課題を見つめ、さらなる研鑽と努力が積み上げられれば、本当に恐ろしい存在になる。
前戦の富施郁哉(ワタナベ)戦、そしてこの試合。増田は“茫洋たる未来”をはっきりと示してみせた。
思わぬ負傷にさらされながら、オールラウンドな器用さを発揮した堤は、それを場面場面で切り替えて使いこなせるキャリアがあった。が、それだけではどうにもならない“勝負に対する覚悟”が分厚かった。
増田の左ストレートのラインを我がものにする。これはキャリアや技術だけでなせるワザではない。計り知れない勇気と決断力が恐怖心を吹き飛ばし、勝利を決定づけたのだと思う。
