大逆転KOで王座復帰の井上浩樹。“唯一足りなかったもの”を証明した

☆8月30日/東京・後楽園ホール
WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦12回戦
○井上 浩樹(大橋)1位
●アブドゥラスル・イスマリロフ(ウズベキスタン)2位
TKO10回2分11秒
2020年7月の日本王座陥落後、一時引退状態だった井上浩樹(大橋)が今年2月にリング復帰し、2戦目でかつて保持していた王座奪冠を目指した。アブドゥラスル・イスマリロフ(ウズベキスタン)は距離やタイミングを微妙にずらす曲者で井上は大苦戦。しかし意を決した10回、3度ダウンを奪って逆転TKO勝利。今までにない気迫が手繰り寄せた、価値あるベルト獲得だ。
文_本間 暁 写真_山口裕朗
Text by Akira Homma/Photos by Hiroaki Finito Yamaguchi
警戒心の強さが裏目に出た
井上の大逆転KO勝利といっていいだろう。試合直後のインタビューで「心が折れかけた」と本人が語ったとおり、窮地に追い込まれてからの勝利だったのだから。
慎重な井上が、いつも以上に警戒心を強めていたように感じた。アマチュア経験者の井上にとって「ウズベキスタン=強豪」のイメージが強すぎたのかもしれない。持ち前のハンドスピードを生かしてビュンビュンと打つようなまねはせず、しっかりじっくりとイスマリロフの出方を窺う。無闇に連打して合わされるのを避けるためか、右リード、左ストレートを単打でコンパクトに打つ傾向が見えた。そして、フットワークも抑え気味。余計に動かずしっかりと正面対応しようという意図だったのかもしれない。
けれども、結果的にはそれらがイスマリロフをリズムに乗せてしまったように見えた。

左右両方に構えることのできるイスマリロフは、ラウンド毎にオーソドックス、サウスポーと変えて戦うが、中でも左ブローが得意のようだった。右構えでは井上の右に左フックのクロスを狙い、左構えになっては独特のタイミングでワンツーを打ちこんでいく。井上は距離とガードでまともに打たせることはしなかったものの、のけ反る形は見栄えが悪く、ガード上に貰うパンチも、見た目以上に威力があったのかもしれない。手数の少なかった井上が、さらに攻撃を狭めさせられてしまった。
身長も、懐の深さでも上回る井上だが、イスマリロフの小ささが、かえってやりづらさを感じさせたのかもしれない。イスマリロフが両腕のガードを掲げると、井上は打つ場所を見いだせず、ガード間やサイドの極小部を狙わざるをえなかった。井上が、どこを打とうか逡巡し、戸惑う様子も何度もあった。ガード上を叩いてリズムを構築し、リターンを呼び込んでそれをかわして打つ。井上にはそれができるはずだが、できなかった何らかの事情(イスマリロフが醸し出す雰囲気?)があるのだろう。
ストップ負け寸前で踏みとどまった
イスマリロフのカウンター、攻撃に移るテンポの読みづらさなどもあり、井上は守り重視のボクシングに変わらざるをえなかった。先に攻撃を仕掛けても、リターンを過剰に意識するためか、徐々にパンチの伸びやキレも欠いていった。フットワークを使うリズムもなく、イスマリロフのリズムになってからのそれは“逃げ”にもなって、さらにイスマリロフを増長させてしまう。非常に苦しい展開となってしまった。
最大のピンチは8ラウンドだった。ボディへの左ストレートで打開を図った井上だが、同じブローを返されてしまい、これが効いてしまったのだろう。井上の足は完全に止まり、イスマリロフの連打によろめいて、ロープに追い込まれてしまった。
かつて、日本王座を永田大士(三迫)に奪われた展開と酷似していた。このままロープやコーナーを背に連打されてストップという光景もちらついてくる。
だが、開き直って意を決した井上は、フラつく足取りながらもイスマリロフのカウンターにカウンターを合わせにいった。9ラウンドの左ボディーブローが“きっかけ”だったか。これに一筋の光を見い出した井上は、続く10ラウンドも猛然と右左とボディーを攻めて、イスマリロフの動きを逆に止めた。
右フックで1度、左ストレートで2度目のダウンを奪い、最後は連打でしゃがませてのレフェリーストップ。心を折りかけた状態から、ワンチャンスを手繰り寄せ、逆にイスマリロフの気持ちをへし折ってしまった。

井上浩樹が持っている能力からすれば、反省点ばかりの試合だったはずだ。けれども、「井上家いちばんのセンス」の持ち主に欠けていた、ボクサーにとって最も大切ものを、ようやく出すことができた。
この日のような窮状は、当然スパーリングでも創出できず、本番のリングでのみ試されるもの。だが、もちろん誰もがそんな展開を望んで作り出すはずがない。図らずもそういうギリギリの状況に陥った中で勝ち切れたということは、今後の井上にとって大きな支えとなる。
