
男はがっくりとうなだれた。
「暫定」の二文字が消えるはずの、待ち焦がれた日だった。
心から血を流しながら、だがまた自分が起き上がることを知っている。
だって俺は、格闘技以外の生き方を知らんのやから——
元日本スーパーウェルター級暫定王者、中島 玲。25歳。
——後編——
文_加茂佳子 写真_山口裕朗
Text by Yoshiko Kamo Photos by Hiroaki “Photo Finito”Yamaguchi
(前編はこちら)
ドアが開き、「お待たせしました」という石田順裕会長の声が聞こえた。忍び足のような足取りで控え室に入る。
細長い部屋を、アコーディオンカーテンで二つに仕切った一つが、この日の中島玲の控え室だった。カーテンのこちら側とあちら側、小声でなければ声と物音は筒抜けに近い。隣の部屋は三迫ジム陣営の控え室で、出田裕一を祝福する声や試合内容を振り返る会話が漏れ聞こえてきていた。
ベッドに腰掛け、がくりと首を落としている中島のそばに寄り、話を聞いても良いだろうかと声をかけた。彼はこくりと頷き、顔を上げた。
2-1。ジャッジひとりが中島を支持した判定と、戦いの手応えについて尋ねた。
「僕の負けです。……もし、あれで勝っていたとしても、内容的に僕の負けです」
ひと言、ひと言、中島は言葉を絞り出した。それから何度か、飲み込まれました、と言い、そのことについて説明をしようとして、言葉に詰まった。
「いま頭がまわらなくて、うまく言葉にならなくて、すみません……」
後半、体が思うように動かなくなったこと。それはパンチが効いたというより、相手のボクシングに飲み込まれてしまったのが理由だということ。
少ないが、そうしたいくつかのやりとりがあったあと、突然中島は「あー」と声をあげて天を仰いだ。そして、取材者に向かってでなく、自分に約束するように呟いた。
「またがんばろ……」
2年4ヵ月前、松永宏信(横浜光)戦で敗れたときは、そう言えるまでに半年かかった。その男が、今夜はもう、前を向こうとしていた。
その姿を見て、彼が今日のことを話してもいいという心境になったら、改めて話を聞いておきたいと思った。
僕の話で良ければ、と受諾してくれたのは試合の翌週のことだ。

約束の日の午前10時半に電話をかける。
はじめに、取材を受けてくれたことのお礼と無理をお願いした詫びを伝えると、
「やっとご飯が食べられるようになって、元気出てきたところなんで大丈夫です」と、こちらに気遣わせないようにだろう、そう小さく笑った。
試合が終わってからの数日間、食べ物が喉を通らなかったのだという。
「あーもう悔しすぎて……」
描いていたゲームプランについて、そしてそれがどう功を奏し、あるいは狂っていったのか。話せることから話してもらえれば、と伝えた。
「出田選手との試合が決まったとき、多分、佐々木(佳浩)先生の中では足使ったりとか考えがあったと思うんです。けど僕が、足を止めて打ち合いたいと宣言した。相手が絶対1ラウンドから出てくるのはわかってたんで、受けて立つというか、そこで打ち勝ちたい、と」

戦略に迷いはなく、自信はあったしプライドもあった。暫定王座を獲ったリングでのインタビューで、中島は「正規チャンピオンをボコボコにして勝つ」と言った。その自らの発言に「男として責任を取りたい気持ち」があった。ただ勝つ、だけでは足りない。一発でも、技術でもフィジカルでも気持ちでも、出田のボクシングを上回って、勝ちたかった。
果たして、出田は開始のゴングと同時に右を大きく振りながら出てきた。想定通りの出だし。
「1ラウンド目、フィジカルでも押し負けたりしなくて、ああ全然イケるなって感じやったんです。ただ一つ、僕のパンチが当たっても、なんていうんですかね、今までの相手やったらちょっと怯んだり焦るのが見えたのが、出田選手は当たっても全然気にしてない。貰ってなんぼみたいな感じがあって、なんか気持ち悪さというか、気味が悪いなっていう感覚はね、ちょっとあったんです」
その胸に引っかかったかすかな疑念、胸騒ぎの原因が、そののち勝負を分けていくとは、思ってもみなかった。
出田が被弾を厭わず出てくることも「もちろん承知していた」中島は、得意のボディブローで正規王者を削り、動きを止める算段をしていた。
「ボディにはかなり自信がありました。なのでたとえ顔で怯ませられなくても、腹で怯ませられる、と」
だが、打っても打っても、絶妙なタイミングと角度で拳が出田の左右の腹にめり込んでも、38歳のベテランは顔色ひとつ変えない。
その事実に、中島は「気持ち的にちょっとずつしんどくなり始めた」
5ラウンドだった。
「右のカウンターと左アッパーのカウンターが入って、結構な感触があったんです」
よっしゃ!
今度こそ怯むやろ。そう確信できる手応えだった。予定より時間はかかったし、手間取りもしたが、こっから一気に攻め立ててぶっ倒したる。全身に力が漲ってくるのがわかった。
だが。出田は何事もなかったように突進してきた。
嘘やろ……。
「……一瞬でもそこで怯んでくれてたら、ちょっとは気持ちの余裕ができたと思うんです。でも平気な顔して向かってくるのを見て、メンタルが揺さぶられました……。ほんまに効いてるんか? まさか、俺のパンチが効かへんのか? そっから、そう、焦りが出てきた」

胸が嫌な感じに波打つのを覚えながら、コーナーに戻った。リングアナウンサーが5ラウンド終了段階での採点を読み上げる。48対47でひとりが出田を、49対46と50対45でふたりが中島を優勢としていた。だが。
「全然安心できなかったです。逆にジャッジひとりが相手を支持してたことに、すごい焦りが出た」
やばいんちゃうか。あっちは絶対にこっから巻き返しにくる。後半ひっくり返されるかもしれへん……。
動悸が激しくなった。
だが、やるべきことをやるしかない。自分を信じ通すしかない。
戦い方は変えず、このまま押していく。「逃げと見られるような」、足を使って距離をとる選択肢を、とるつもりはなかった。
セコンドの「畳みかけて、効かせて気持ち折ってこい」の指示に、頷く。
ポイント取ってるんは俺や。顔には出さへんけど、絶対腹は効いてるはずや、という祈りに近い思いを心のよりどころに、中島は、気持ちのギアを上げてコーナーを出た。
その後半に入った6ラウンド、出田がはっきりとギアを上げてきた。
「それもちょっとずつじゃない。ガーッと一気に上げてきたんです」
……効いてるはずやから大丈夫や、大丈夫や! と必死に言い聞かせてきた希望が、揺れた。
同時に、中島は自身の体に異変を感じ始めていた。足が重い。体が、なんか、重い。
「出田選手のパンチが効いたわけやないんです。一発一発はガードしてれば耐えられる威力なんで、ずっと、いけるいけると思っていた。ただ耐えてる間ずっと、攻撃が止まらない。左ボディをカウンターで入れて連打を止めようとしても止まらない。最初は鬱陶しいなぁみたいな感じが段々、なんやねん、これ! みたいな。で、バランスを崩されないように、ずっと足腰にすごい力を入れていたその蓄積の疲れも出てきたのか、気がついたら、後半、体が重いぞ、と。……精神的にも飲み込まれました。出田選手のパンチは体に効くというより、精神的に、きた。正直、7、8ラウンドは、気持ちが折れそうでした」
だがセコンドには不安を明かさなかった。
「インターバルでもセコンドには、いきます、いけます、前に出ますって、ずっと言ってました。ちょっとでも弱気な言葉を吐いたら、もっと飲み込まれると思ってたんで、絶対いけるとしか言わなかった」
3歳で始まった格闘技人生で、試合中、心を折ったこと、折れかけたことはない。中島は人生で初めて、危機的局面を迎えていた。
「でも声援を、大阪から来てくれた人たちの声を聞いたら、とても気持ちを折るわけにはいかなかった。出田選手の応援団ももの凄かったやないですか。最後の2ラウンドは、逆にあの出田選手の応援に吹っ切れた。負けてたまるか、負けたくない、俺は勝ちたいんや! と」
一発でいいから効かす。中島は疲弊した体にカツを入れ、左フックを振るい、左アッパーを突き上げた。必死だった。勝ちたい勝ちたい勝ちたい。あれほど懇願するように念じながら戦った2ラウンドは、「なかった」。
試合終了のゴングが鳴った。
コーナーに戻った二人をレフェリーが呼び戻す。リング中央で採点を待つ間は、生きた心地がしなかった。
「もう恥ずかしいですけど、神頼みみたいな感じで。ほんまに頼む、今回は頼む、っていう、情けないですけど、そんな気持ちでした」
アナウンサーが採点を発表する。
2—1。割れていた。
どっちが勝ったんや、一体どっちや……。
それから「第42代」というアナウンスが聞こえた。ああ、俺は43代や、と思ったところまでは覚えている。そこで記憶は途絶えた。
「気づいたら控え室で。頭を氷で冷やしながら、ずっと下向いてました。何も考えられなくて、ほんまに、無、って感じで。誰も今は話しかけんとってください、みたいな空気出して」
そんな状態だったのに、そのあと控え室での取材に応じてくれたのはなぜだったのか。
「負けた上に記者さんの取材を断るような、そこまで情けない選手になりたくなかったんです。だからお待たせしてしまったんですけど、気持ちが少し落ち着いたところで、会長に、今いけます、と言いました」
試合の夜はいつもそうだが、あの日も朝まで眠れなかった。宿舎のホテルに戻った中島は、一息つくと、スマホで試合を中継配信していたFODのアプリを立ち上げた。
試合の場面はすべて飛ばした。判定が出るあたりから再生を始め、自分がどういう顔をして判定を待ち、聞いたかを凝視するつもりだった。
「何回も、何回も見ました。それはもう、悔しくて、めっちゃ悔しくて、悔しかったです」

次に進むための荒療治だった。
「松永さんに負けたときは完全に腐ってしまって、半年もしんどい思いをし続けた。だから今回はここで腐ったらあかん、現実から目を背けたらあかん、って。だから判定のところを目に焼きつけとこうって、本能的に思ったんやと思います」
判定を待つ間の、泣きそうな表情で天に祈っている自分、負けと知り茫然自失する自分、そして勝者の出田の顔……。
胸が張り裂けそうだった。
試合を見返したのは、大阪に戻ってから何日後だったか。勇を鼓して、心許せる友達と一緒に見た。
「友達の前やったんで、ちょっとー出田選手、これで倒れてくれよーとかふざけ合いながら見てました。でもやっぱ判定のシーンになると……まだ気持ちがちょっと乱れちゃいました」
恥ずかしそうに小さく笑った中島は、そろそろ軽く練習を始める予定だと言った。
「今、ボクシングのことが本当に好きなんです。こんな思いしても、そうですね、すごい好きや思います。なにより僕にはこれしか生き方がない。この負けがあって良かったって、絶対にいつか思ってやろう、思ってます」
この25歳の夏を、中島は決して忘れないだろう。
いつか振り返った時、自分を強くした夏、自分の人生の分岐点になった夏として思い出したい。
そうしてみせると、疼く胸の傷に誓っている。
「だって僕は、この生き方しか知らんから」
と中島は、もう一度、言った。

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