新連載 DRY EYE ~非感情的ボクシング論~

第1回 那須川天心のデフォルト(初期設定)

これまでの人生、そのほとんどを戦いに費やしてきた那須川

 相手の動作に反応して俊敏にかわし」「合わせ」「当てる」傑出したリアクション能力を見せながら、現時点での那須川天心(帝拳)は、効かせてダウンをとるまでのパンチはあるが確実に仕留めきるスタイルを持っていない。それはフォームやモーション、パワーなど表面的なファクターもさることながら、より根本的な部分に起因するものかもしれない。

文_増田 茂 写真_山口裕朗

Text by Shigeru Masuda Photos by Hiroaki FINITO Yamaguchi

“SWEET PEA”の幻影

 4月8日、日本バンタム級2位与那覇勇気(真正)と相対したデビュー戦。那須川のファイトスタイルは、20世紀最終章にライト級からスーパーウェルター級まで世界4階級を制覇した同じサウスポーのディフェンスマスター、“SWEET PEA”ことパーネル・ウィテカー(アメリカ)を思い起こさせた。

 ウィテカーは1984年のロス五輪ライト級金メダリストで、米国の記者はそのプロデビュー戦をみて「世界ランカーが4回戦で戦っているようだ」と驚嘆したという。
 ウィテカーは身長168㎝でリーチは175㎝とライト級としても小柄で、那須川が165㎝、176㎝だから数値上はそう変わらない。

那須川とウィテカーの共通点は「抜け感」

 那須川との共通点は「抜け感」だ。身体から力みが抜けてフロートした(ふわりと浮いた)状態にあり、相手がパンチを強く振るほどに風に煽られた風船のように遠ざかってしまう。それは卓越した距離感のなせる術だ。
 また、サウスポー特有の「逆時計回り」ではなく、オーソドックスと同じく「時計回り」主体である点も重なる。それは、相手の右を警戒し遠ざけるよりも、自身の左の当てやすさを一義としたポジショニングである。

 異なるのは、ウィテカーの基本フォームがより重心が低くフロート状態のまま打つのではなく、確実に当たると見極めると瞬時に足を止め、重心を下げて十分な「ため」を作って打ち込んでいくことだ。
 それが、左右・上下への打ち分けの精度と効果を上げ、現時点で那須川にほとんど見られない左ストレートから返しの強い右フックをはじめ、倒すための多様な組み立てのパターンをウィテカーにもたらしていた。
 通算40勝中17KO(4敗1分)は高KO率と言えないが、ウィテカーは必要最低限以上の決定力を持っていた。それはボクシングにフォーカスして培った距離感覚の賜物である。

相手の攻撃をひらりひらりとかわしながらカウンターを狙う那須川

■「初期設定」のメリットとデメリット

 那須川の最大のアドバンテージ・ポイントは冒頭でも触れたとおり、秀でた危険察知能力とリアクションスピードだと思うが、個々のパンチについて触れるなら、際立つのはやはり左ストレート、左ボディ、そして右ジャブか。
 9月18日にメキシコ・バンタム級王者ルイス・グスマンと相対した8回戦では、デビュー戦時に比べ多用したジャブの進化を評価する声も聞かれたが、そもそもキック時代から那須川はジャブのヒット率が高く、「出せば当たる」状態にあった。

 高ヒット率と低被弾率の秘訣は、読みと初動の精度に因るものだ。足の動きで相手の出方を察知するというボクサーにも同様の傾向は見られるが、グローブや腕のモーションよりも手前、那須川の場合は肩の動きから相手の出方を先んじて読み取ることで、反応とスピードの精度を上げているのだろう。
 一方で、空手、キックボクシングともに10年以上に及ぶキャリアのストックがそうさせるのか、「攻」⇔「防」のモード変換スイッチが「防」寄りのデフォルト(初期設定)として身体に染みついているように思える。
 そのため、ワンヒットがポイント勝負を分けるスタイルで固まった、元トップアマにもみられる共通の欠点として、有効打の後にフォローアップにつなぐ意識が足りない。アマチュアと動機は異なるが、那須川のデフォルトのシステムが深追いに“NO”と言うようだ。

試合開始早々に左カウンターでダウンを奪った

 そしてグスマン戦の開始1分、左ストレートを合わせてダウンを奪った那須川が、左腕を大きく上げて観客にアピールしたアクションは、ワンヒット後に追撃するよりも、腕を上げてジャッジへのアピールに腐心するトップアマたちのボクシングと重なった。

 今更ながらの話になるが、そんな本質的な部分からすると、那須川にとってはプロボクシングよりも、アマでオリンピックを目指した方が大成は早いのではないかとも思える。
 そもそもエフェクティブ(ダメージング)ヒットは「そこで終わり」ではなく、フィニッシュに向けた「始まり」であるべきだ。それを最も高度に具現化しているのが、現WBC&WBO世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(大橋)ではないか。スティーブン・フルトン(アメリカ)戦で最初のダウンを奪った、右からすかさず追撃しての左フックはトップアマたちには必然性に欠け、少なくとも現時点での那須川には打てまい。

■スタイル・カスタマイズの是非

 セールスプロモーションという視点でみるなら、与那覇戦とグスマン戦は那須川のスピードとディフェンス、タイミングのよいパンチといった美点を際立たせるためのマッチメイクではなかったか。
 その3点に加え一定レベルのスタミナも証明され、今後は総合力でワンランク上でも、ネームバリューと打たれモロさを合わせ持つ対戦相手を選択。倒しグセをつけて決定力の点でイメージ向上を図るようなマッチメイクも必要となってくるだろう。

那須川の左ストレート。スピードとタイミングは抜群

 もっとも、KOを求めるあまりスタイルを深い部分からカスタマイズするならば、基本システムに何らかの破綻をきたしかねない。
 グスマン戦の那須川は意図的に前掛かりのボクシングを試みて、パンチの打ち出し時に重心を落とし、打ち抜きを利かせるなど、デビュー戦よりもひと回りスタンダードなスタイルを披露した。個々のパンチについては、右アッパーから右フックへのスムーズな切り替えに新境地も感じさせた反面、意図的な動作は、意図するがゆえに初動の遅れをもたらす。危ういよけ損ねも散見され、また、左拳は慣れぬ酷使から「左手手根不安定症」(ジム発表)に陥った。

 ボクシングファンにそう受けが良いとも思えない“Showboating action”(受け狙いのアピール動作)についてはESPNの解説陣も言
及していたが、距離を外して相手に背を向けたり、目線を明後日の方向に外す動作はフェイント効果もあるとはいえ、とりわけ軽量級ではリスクを伴う。

 20世紀半ばの世界フェザー級王者で、1発のパンチも打たずに相手のパンチをかわしきることでペースポイントを挙げたウィリー・ペップ(アメリカ)という伝説の業師がいた。そのペップも229勝中65KO(11敗1分)を記録している。KOに執着しすぎることなく、ウィテカーやペップらのような従来の日本人ボクサーにはみられぬWizard(魔術師)系業
師の道を究めるという選択も悪くはないと思うが。

このスター性をさらに輝かせるために──

PROFILE
ますだ・しげる
1958年4月生まれ、東京都出身。中央大学経済学部国際経済学科卒。
専門誌『ボクシング・マガジン』で長年健筆を振るい、連載「“検証する”」試合批評「イーグルアイ」は、マニアのみならず選手、関係者をも唸らせ、絶大な支持を得てきた。
■過去の主要執筆媒体:
『トレーニング・ジャーナル』『ゴング格闘技』
『ワールドボクシング(現ボクシングビート)』
旧日本スポーツ出版社発行のボクシング関連MOOK
『BOXING UPDATE』(アメリカ)『PUGILATO』(イタリアの年鑑)
スポーツグラフィック『Number』
ベースボール・マガジン社発行のボクシング関連MOOK
『JBCボクシング広報』『JBCボクシング年鑑』

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