PART2「試合を立体的に見られるようになったんです」

WBC&WBOチャンピオン井上尚弥(大橋)とWBAスーパー&IBF王者マーロン・タパレス(フィリピン)による世界スーパーバンタム級4団体統一戦(12月26日・東京・有明アリーナ)まで、あと6日──。PART2の今回は「試合の見え方」について。練習で体に染み込ませたものを本能で出すボクシングから、WBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)決勝となったノニト・ドネア(フィリピン)戦を経て得た“ある変化”。左右、上下、奥行きなどの「相手との距離」のみならず、試合中の自らを客観的に見つめる“俯瞰力”──。ナオヤ・イノウエの深遠にほんのわずかでも触れた思いだ。
インタビュー&構成_本間 暁 写真_山口裕朗
Interview by Akira Homma Photos by Hiroaki“Finito”Yamaguchi
ドネア初戦を経て、見え方戦い方が変化した
──自分の動きが“主”なのか、それとも相手を自由に動かさせない。どちらが大事になってくると考えていますか。
井上 まずは主導権を握ることですけど、相手がこう来るならこう対応するっていう感じです。自分のボクシングを当てはめていくんじゃなくて、相手が出してきたものに対して、封じ込めて組み立てていくっていう感じだと思います。
──どちらかというと、相手がどうしたいか、その心理を読む。
井上 だと思うんですけどね、よく分かんないですそこは(笑)。
──7月のフルトンとの試合では、第三者として見ていてとても伝わってきました。フルトンが考えていることを一つひとつ潰していく。そこが以前とは全然違うと感じます。昔は試合でもスパーリングでも、どんな相手でも「壊しにいく」感じを受けていました。
井上 フルトン、いやドネアとの初戦(2019年11月7日)が終わってくらいかな。キャリアを積んできて、試合の中で自分がこう動こうと思って動けてるんです。それまでは練習で積んできたものが咄嗟に出てる感じ。そこの違いなのかな。たとえばオマール・ナルバエス(アルゼンチン)との試合(2014年12月30日)も、奪ったダウンは全部練習してきたパンチでしたけど、あれはたぶん、自分の中でしっかりこう動こうと思って動いてる動きではないんです。体に染みついてたから。ああいう舞台ではどうしても緊張するので、自分が考えてることとはまた違って体が動いちゃったりとか。
──本能とか感覚の領域ですね。
井上 あの頃は本能ですね。トレーニングしてきたものが染みついてるから、本能で出てた。でも今は、こう動こうと思って動けてるんです。
──こうしたいああしたいというイメージが、試合の中でどんどん湧いてくる。
井上 そうですそうです。湧いてきたイメージがあって、じゃあこう動こう、ああ動こうと。ドネアとの1戦目も、目が見えない、流血もしてたという中で本能的に動いてたと思うんです。
──あの試合が終わって以降なんですね。
井上 あの試合が、自分の中でものすごい経験知が高かった。だからその次のジェイソン・マロニー(オーストラリア)戦(2020年10月31日)からは、試合をやっていて、試合が立体的に見えるというか。今までは本能だけでやってたから、ここ(と目の前の空間を手で囲う)だけに集中してたのが、こうやって動いたらこれが当たるんじゃないかとか、今までとは違う感覚というか。
──マロニー戦からなんですね。スパーリングでも感じなかったことですか。
井上 スパーでもちょっと変わってきた部分はあったと思います。
──またボクシングが一段とおもしろくなりましたか?
井上 うん、試合がおもしろくなりました。だからフルトン戦も、やっててすごいこう楽しいというか、今までとはちょっと違った感覚がありました。こうやって動いて、当てて……とか。フルトンがああいう動くスタイルなので、考える余裕があったというのもあると思うんですが。キャリアを積んで、試合中に見えてるものがちょっと違ってきてるなって。



「誰でも飛びかかりますよね?」
──相手がやりたいことが全部分かる。
井上 いや、そこじゃないんですよね。自分がちゃんと考えて動こうとして動けてるなっていう感覚です。相手が何をやろうかって、そこまで完璧には読めないです(笑)。
──まず自分の動きがあって、それに対して相手がどういうふうに反応してるかとか、どういうことを考えてるかなとか、自分メインでの相手は理解していますよね。
井上 なんとなくですけどね。そこを読もうとしてるから。常に、相手が何を感じて、この後どう動こうとしてるのかをまずは掴まなきゃいけないから。それは過去の試合で本能的に動いていても、そこは読み取ろうとしてましたけど。

われわれには見えない、“駆け引き”という名の戦いが張りめぐらされている
──ワザと空振りしたり……
井上 ワザと強振したり。
──ワザと相手の肩を打ったり……。しかし立体的に見えるって、それはいっそうボクシングがおもしろくなりますね。前はどのラウンドも100で行ってたじゃないですか。でも、手を抜くとかじゃなく、そうじゃなくなった。
井上 スパーリングでもそう変わってきてますよ。
──そうですよね。だから見ていて、よりおもしろくなってるんです。両選手の中でのやり取りを勝手にいろいろ想像して見ているので。
井上 なるほど(笑)。でも逆に、そういうボクシングに切り替えたときはちょっと“怖さ”もあったんですよ。本能的に100%行くボクシングじゃなくて、自分の中で少し余裕という空白を作りながらボクシングをするのは。勢い的にも変わってくるじゃないですか。
──そこに相手が入り込んでくる隙間がありますからね。
井上 分かりやすい言い方をすれば、若手ホープからベテランのボクシングになっていく。そうすると、あの頃の勢いも多少落ちてきて、頭を使うボクシングになる。それが良いところもあるんですけど。どっちに動こうかなって考える時期もありました。
──それはいつ頃ですか。
井上 大橋(秀行)会長が「もう、スパーリングでも全力でやらないから安心してください。倒すまでやらないんで」みたいなことを言ってた時期があったんです。「安心して(スパーリングに)来てください」みたいな(笑)。その頃です。
──(笑)。でも、会長に言われたからじゃなく、自分自身の考えで、ですよね。
井上 そうですね。全力でやるとケガも多かったので。相手を倒そう、壊そうっていう気持ちでやってた頃は、打てない体勢からも強振したりするので腰をケガしたり。でも練習ってやっぱそこじゃなくて……という考えになりました。スパーリングって、いちばん試合に出ると思うから、本能的なものも忘れずに、ケガもせず、いろんなものを試しながらやる。そういう方向に変わっていった。いちばんはケガのことが大きかったですね。


──そう移行していったからといって、本能が出ないわけじゃないじゃないですか。フルトンに跳びかかって左フックを打ったり。
井上 あれはもう、本能ですね。ここで行かなきゃ! っていう。
──あそこで跳び出せるのはもう、信じられませんが。
井上 けっこうみんなそう言うんですけど、あの状況になったら誰でも飛びかかりません?(笑)
──飛びかかりません(爆笑)。
井上 (笑)。えー、じゃあみんなどうするんですか?
──1拍2拍置いちゃいますよ。しかし、「強さ」「巧さ」両面ですね。「強い」は今まででもすでに誰の目にも明白でしたが、フルトン戦で「巧さ」がすごくクローズアップされました。
井上 それは嬉しいことです。
──特に一般の人には駆け引きがどうとかいうのはとても分かりづらい部分ですが、フルトンが心理的にもどう追い詰められていくのか、とても分かりやすかったと思います。でも今度は「強さ」がバーンとクローズアップされる試合になるのでは。
井上 でも意外と技術戦になったりするんじゃないですか。
──ほう。
井上 だからそれもタパレス次第です。でも、フルトン戦よりももっと技術戦になるイメージがあるんですけどね。
──へー、そうなんですか。タパレスは奇襲をかけても来そうですが。
井上 それはあると思います。だから1ラウンドの出だしは特に気をつけたいです。
──これからの対戦相手はみんな「奇襲をかけなきゃ」ってなってくると思うんです。でもみんなきっとかけられない。井上選手がかけさせない。
井上 (無言で頷く)
──凄い領域へと入って突き進んでいますが、でもまだまだなんですか。
井上 まだまだです。
──今の自分に足りないものはありますか。
井上 どことかじゃなく、パワー、テクニック、スピード。全体的なレベルを0.1ずつ上げていく。そこを考えてますね。
──なおさらもう、われわれには全く想像もできない、理解できない領域です。
<21日公開のPART3に続く>
大変読み応えのあるインタビューでした。井上尚弥というボクサーが又少しより深く理解出来たと思います。ありがとうございました。
コメントいただきまして、誠にありがとうございます!
ボクシング同様、底知れぬ思考の持ち主で、その一端でも伝えられたのなら嬉しいかぎりです。
本日、続きの第3弾を掲載しますので、そちらもぜひご覧ください。
素晴らしいインタビューの質の高さに感銘しました。やはりモンスターの極上な中身を引き出すにはインタビュアーの質次第なのだな…と。これからも期待しています。
ありがとうございます!
またそのような機会をつくり、みなさまにボクシングの奥深さを伝えていけたらと思います。
今後とも、よろしくお願いいたします。
テレビでは見られない内面的なお話しで
とても興味深く読ませていただきました。
来週の試合はその辺も見ながら楽しませてもらいます。
ありがとうございます。
向かい合っている両選手が、どんなことを感じ、考えながら戦っているか。
それを観ている者がどう感じ、読むか。
それもまた、ボクシングを見るおもしろさのひとつです。
今度の試合でぜひ試してみてください!