3泊4日熱海キャンプの最終メニューを取材

いよいよ4日後に迫った世界スーパーバンタム級4団体統一戦(26日・有明アリーナ)。世界中注目の同じリングに登場する武居由樹(27歳)と平岡アンディ(27歳)ら、大橋ジム6選手の走り込み合宿が11月下旬、静岡県熱海市で行われた。キツイ練習をこなしつつも、笑顔と気合を絶やさないメンバーに、なぜかほんわかとさせられたその雰囲気を、ほんのちょっぴりお届けしたい。
文&写真_本間 暁 Text & Photos by Akira Homma
テンションMAX
訪れたのは3日間の最終日のオーラスメニューとなる午前練習。選手たちの表情はすこぶる良好だ。というのも“ゴール”が見えたから。となれば、俄然走り出すのは試合同様だ。それまでフラフラだった両選手が、最終ラウンドになるとふたたび3割増しほど元気になるのと同じである。
けれど1点だけ違うのは、彼らはここまでフラフラで来たわけではない、ということ。全開ギアからさらに上げるのだ。アスリートとは、理解不能の底力を持っているものだとつくづく痛感させられる。
これが初日や中日だと、テンションは若干だがやっぱり変わる。
「取材の方が来ると、トレーナーが張り切ってメニュー増し増しになるので(笑)、なるべく最後のほうに来てください!」と、冗談とも本気ともつかぬ懇願を、別の選手の合宿の際にされたこともあった。そこを敢えてド真ん中に突撃し、「選手が苦しむ姿を見る」というのもまた、記者の使命(!?)だったりもするのだが。嫌がらせと思われてしまうのでやめておく。

今回は、同じ大橋ジムのメンバーでも2チーム合同という形を取っている。八重樫東トレーナー率いる武居、今永虎雅(24歳)、中垣龍汰朗(24歳)。ジャスティス・コジョ・トレーナーが息子アンディと中嶋一輝(30歳)を。そして本来は“チーム北野”だが、仕事の都合で同行できない北野良トレーナーが石井武志(24歳)を預けた。八重樫、北野両トレーナーは、これまでも何度も合同キャンプを張っている。だから石井はいわば常連さんである。
朝8時30分にホテル前に集合し、車で公園まで移動する。これが、初日や中日だと車中の空気は当然、重苦しい空気に包まれるが、「ここさえ乗り切れば……」という雰囲気が、選手たちの体から滲み出て、ひしひしと伝わってくる。中には遠足中の小学生のようにはしゃぐ者までいる。メンタルが強すぎる。

キャンプの目的
広く険しい公園内の周回をジョギングし終えると、いよいよ本番へ。まずは階段ダッシュだ。

階段の勾配や段数が多様だというところに意味がある。パートとパートの間にある平面をダッシュするのもまた効果的だ。八重樫トレーナーは、メニューについても毎度思考を巡らせているが、ロケーションについても熟考し、選択しているのだ。
一段跳びで、ぶっちぎっていくのは武居だ。さすがキックの元チャンピオン。跳躍力はピカイチ。まったくもって、惚れ惚れする瞬発力だ。しかも彼は微笑を絶やさず楽しそうに走る。

「昨日までのトラック走はアンディが断トツだったんですが……」と八重樫トレーナー。学生時代、陸上競技部にも参加し、優秀な記録を残していたアンディだが、階段となると勝手が違う。平面とは、やはり体の使い方が変わってくる。つまり、これを見てもまだ伸びしろ十分ということがわかる。

両足跳びで一段ずつ上がっていく(これは明らかにしんどい)のは今永が得意としていた。
階段の中央に設置されている手すりを、左右にリズムよく飛び越えながら上がっていくメニューは石井がお見事だった。最初こそ上手くできなかったアンディが、石井のやり方をじっと見つめ、持ち手の握り変えに秘訣があるのを見い出して、見よう見まねであっさりマスターした。こういった順応性も、リング上に生きてくるのだろう。

前日までにすでに肉離れ寸前となっていた中嶋は、開始前から「もうヤバいっす」とクールに呟いていたが、心が折れることはなく、最後まで必死に食らいついていた。
「完全に動かなくなったらそれまでですが、そういった状況でもなんとかやり通す。ケガをするかしないか、そのギリギリのところをやっていく。そうじゃないと、鍛えたことにならないんです」(八重樫トレーナー)
リングの上では何が起こるかわからない。拳を痛めたり、それこそ現役時代の八重樫トレーナーや前戦の今永のように、アゴを骨折したとしても終了ゴングが鳴るまで、ときにフルラウンドをやり通さねばならない。何が起きても動じずにやり切る。尋常な精神力ではない。
「たった3日や4日やっただけで、体が強くなるわけじゃありません。こういうキャンプをする一番の目的は、メンタルを強くすることですから」。八重樫トレーナーが常々語っている言葉の意味が頭の中に鳴り響く。



武居&ジェスティがムードメーカー
どのメニューも基本的に10セット。そして、そのメニューは事前に選手たちに明かされない。
「何があるのかわからないのでドキドキします」と中垣がニコニコしながら語る。先にメニューを伝えてしまうと選手たちは“それなりの力”でこなしてしまう。秘密にするのは常に全力で取り組ませたいという八重樫トレーナーの“戦略”で、これは自身が長年参加している野木丈司氏の階段トレーニング方式だ。
それにしても、武居、今永コンビのムードメーカーぶりは、どこに行っても痛快だ。みんなの雰囲気が落ちかけると、すかさず「ファイヤーメン!」だの「イージーファイヤーメン!」と大声で叫んで笑いを誘う。すると、底抜けに明るいジェスティ(ジャスティスの愛称)・トレーナーが本物のイングリッシュで呼応して、さらなる爆笑を呼ぶ。
武居は常日頃のジムワークでも、自らを鼓舞するように「ファイヤー!」と叫びながらサンドバッグを打ち、リングを飛び回る。
「キツい練習をキツそうな顔でしていたらもっとキツくなるから」という武居は、何をするにも常に笑みをたたえ、全力で取り組む。そこに今永、中垣、石井の同学年トリオが続いていく。普段は別チームのアンディと中嶋も、彼らの明るさに大いに刺激を受けて、つられていく。



練習上がり。ジェスティ・トレーナーが全員を集め、みんなに腕を掲げさせ、手のひらを重ねる。そうして「ワン・チーム!」と掛け声をかけ、キャンプを締めくくった。
リングの上では1対1だが、それを支える“見えない力”は確実に存在する。合宿中は、トレーニング以外の時間のほうが長い。その時間こそが、大きな意味合いを持ってくる。お互いのボクシング感をぶつけ合ったり、ボクシング以外の話でも何かのヒントになったりする。何より、お互いを知ることができるのは大きい。それは選手だけでなく、トレーナー同士、トレーナーと選手もだ。
試合“なし”組にも有意義だった
26日、有明アリーナ。武居とアンディはノンタイトル8回戦ながら、それぞれマリオ(28歳)、サウスポーのセバスチャン(30歳)のディアス兄弟と戦う。ふたりにとって、初めてのメキシコ人選手だ。
OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座を返上し、バンタム級転向を宣言した武居。世界ランク上位につけ、「来年が勝負になる」とさらなる大舞台に意気込むアンディ。メキシカンは独特のリズムを持つが、武居とアンディも異質なテンポやリズム感を持っており、メキシカンこそやりづらい試合になるのかもしれない。
試合中のアゴの骨折から順調に再スタートした今永。敗戦ショックもなんのその。元気に走り始めた中嶋、中垣、石井。心機一転を図るには、ちょうどよいタイミングだったかもしれない。
無事にキャンプを打ち上げた帰りしな、海を望む地元の店で昼食を摂る。モリモリと、嬉しそうに海鮮大盛を平らげていく彼らの姿は、微笑ましく、とても勇ましかった。
数日後、横浜市の大橋ジムを訪れると、キャンプから帰ったばかりのメンバーが、ジム内フィジカルトレーニングに打ち込んでいた。
「いえ、まだめっちゃ筋肉痛です。でも、この状態で動くと、足のノリがいいんですよ。足の裏が地面に吸いつくような感じで」。中垣が、顔をしかめながら、でも笑っているという不思議な表情で説明してくれた。
この感覚こそきっと、八重樫トレーナーが味わわせたいものなのだろう。



そのままジムワークへと突入した武居が、相変わらず「ファイア~~~!」と叫ぶ。ジェスティ・トレーナーも続けて何やら英語で返答する。思わずアンディがつられ笑いをしてしまう──。
和気あいあいとした雰囲気をキャンプから持ち込んだ両雄だが、パッと切り替えて入り込む集中力の高さが、やはり只者ではないと思わせた。

