「指名挑戦者として、ボクシング・ファンとして、日本へ行きます」

前WBAスーパー・IBF統一世界スーパーバンタム級チャンピオン
WBA1位
ムロジョン・アフマダリエフ
(ウズベキスタン)
12月16日、アメリカのアリゾナで無敗のメキシコ人ケビン・ゴンサレスを8回TKOに仕留め、ムロジョン・アフマダリエフは再起を飾ると同時に、WBAスーパーバンタム級の次期挑戦権を確保した。スティーブン・フルトン(アメリカ)と並ぶ“井上尚弥を狙う刺客”だったウズベキスタン人が、保持していた二つの世界王座をマーロン・タパレス(フィリピン)に奪われてから8ヵ月。受け入れ難い判定による初黒星から立ち上がった元王者は、日本へ向かった。自分がいたはずの舞台。リングサイドから見上げる光の中には、プロになる前から、「いつか戦いたい」と神に祈った男がいる。 (1/2回)後編はこちら
文_宮田有理子 写真_エド・マルホランド/Matchroom Boxing
Text by Yuriko Miyata, Photos by Ed Mulholland/Matchroom Boxing
ムロジョン・アフマダリエフMurodjon Akhmadaliev
1994年11月2日、ウズベキスタン・ナマンガン出身。身長166cmの左ボクサーファイター。2015年世界選手権バンタム級銀、2016年リオ五輪同級銅メダルを獲得。2017年世界選手権出場後、ロシアのワールドオブボクシングと契約し、2018年3月にアメリカでプロデビュー。2020年1月、8戦目でダニー・ローマン(アメリカ)に判定勝ちでWBAスーパー・IBFスーパーバンタム級タイトルを奪取。ウズベキスタン初の統一世界王者となる。翌年の母国凱旋で岩佐亮佑(セレス)を5回にストップし初防衛。今年4月、4度目の防衛戦でマーロン・タパレスを迎え、僅差1-2の判定を落とした。プロ13戦12勝(9KO)1敗。
一刻も早くリングに戻りたかった
この重厚感が、ムロジョン・アフマダリエフの本領だ。ガツッ。ガツッ。強烈な右フック、左ストレートが、3度の痛烈なダウンから立ち上がってきたケビン・ゴンサレスの執念を、ついに断ち切った。レフェリーが追撃を遮り、崩れ落ちていくメキシコ人に駆け寄ったのは、8回2分49秒。トレーナーのアントニオ・ディアスの肩車に乗って、ムロジョン・アフマダリエフは何かを叫びながら、何度も何度も両拳を突き上げた。

この一戦へ向かうトレーニングキャンプを訪ねた時、訴えかけるような目で語ったことが思い出される。
「言葉にできないくらい、早くリングに戻って戦いたい」
ボクシングのリング。四方から衆目が注がれるその場所には、自分の力で自分を証明するチャンスが存在する。
あの日も、この手で挑戦者を打ち倒すことができればよかったのだ。
今年4月8日、元WBO世界バンタム級王者マーロン・タパレスを迎えた、WBAスーパー・IBF両王座4度目の防衛戦。ジャッジの採点は、118-110が一者と、113-115が二者。1-2の判定で、両タイトルを失った。
サウスポー同士の対戦は、テクニカルで、競った争いになった。アフマダリエフの頑丈さ、迫力が、なかなか生きなかった。前戦で左拳を骨折して10ヵ月ぶりとなる実戦で、「アマチュア用」というクッションの厚いグローブを使ったことに加え、肩を痛めて完璧な準備ができなかったという不安要素は、後から明かしたことだ。

相手に先手をとられたことは認める。だが、勝つために十分なアクションだったはず。あの判定は間違いだったと信じている。今なお、「敗戦」という言葉を、受け流さない。
「対戦者はすべてリスペクトします。タパレスはリングの上で素晴らしい戦いをしただけです。彼が採点したわけじゃありません。ジャッジは、ミスを犯したのではないでしょうか。チームの誰も、私の負けと認めていません。映像で見返しても勝ちです。ただ、ジャッジは違う見方をした。たしかに最初の数ラウンド、私は少しのんびりしていました。タパレスのやりづらいスタイルに対応するのに時間もかかりました。しかし4回から、少なくとも5回からは全ラウンドを獲っています。苦心してつかんだベルトをあのような形で奪われるなんて、ありえない。結果を受け入れるのは簡単ではありませんでした」
陣営の抗議により、WBAのランキングはすぐに挑戦権を争える位置に留まることになるが、無冠になった事実は変わらない。母国に戻ると、傷心はまた疼いた。3年前、ウズベキスタン初の2団体統一世界王者となり、英雄として遇された男を、今回、空港で出迎えたのは家族、地元のコーチ、ごく身近な友人たちだけだった。
「私は勝たなければならなかったのです。負けて帰れば、まったく違う世界になるのだと感じました。どれほど理不尽な負けだったとしても、です。チームの人たちはそんなことはよくわかっていて、“お前はチャンピオンだ、恥じることは何もない”と支えてくれました。この状況から私は、自分にとって大事なものを再確認できたと思います。私のゴール、私のファミリー、私のチーム、私の信仰。おかげで私は前に進める。必ず、もう一度ベルトを獲ります。階級最強を目指します」
神が与えた試練。もっと強くなる
故郷のジムで、すぐに練習を再開せずにはいられなかった。7月25日には、日本で井上尚弥がスティーブン・フルトン(アメリカ)からWBC・WBO統一世界スーパーバンタム級王座を奪い、「私のベルト」2本を持つタパレスが登壇。その様子を、画面から目をそらさずに見つめたという。
「ふたつの心で見ていました。ひとつは人間の心。憤りを感じていました。怒りです。なぜ私はタパレスをノックアウトできなかったのか、と。もうひとつは、ムスリムの心です。これは神が私に与えたチャレンジ。私が乗り越えられる人間だからこそ、神はこの最もタフな逆境を与えたのだと。すると、とても重要な学びだと思えました。他の方法では不可能なほど、私を謙虚にする学びです。リングの裏側で何が起きているか知る由もありません。ボクサーができるのは、リングでベストを尽くすことだけ。ジャッジに委ねず、試合を終わらせることができれば一番よかったのです。もっと早くギアを上げていれば、フィニッシュできたと思う。私はあの日、少しゆったり構えてしまった。相手を少し軽く見ていたかもしれない。もう決してそんなことはありません。対戦者を決して侮らない。自分の中に何ひとつ不安を残さない準備をし、リングに上がったらゴールに向かい、一刻も無駄にしない。自分に課された試練を受け入れ、自分の中にあった”バグ”を修正し、より強いボクサーになります」

8月、カリフォルニア州インディオの練習拠点、ジョエル&アントニオのディアス兄弟のジムに戻り、キャンプに入った。1位にいた亀田和毅(TMK)の転級表明を受け、WBAは最上位となったアフマダリエフにゴンサレスとの次期挑戦者決定戦をオーダー。試合スケジュールがなかなか定まらずにキャンプが長引いても、集中力は途切れなかった。コンビを組むコーチ・アントニオが指示することの、それ以上を自分に課した。12月16日、待ち焦がれた再起のリングに上がったアフマダリエフには、すべての思いが宿っていただろう。
サウスポー同士のジャブの差し合いでスタート。10日後に日本で誕生する4団体統一王者を同じく見据える無敗の2位・ゴンサレスも、一歩も引かない。先にジャブから左ストレートにつなげ、2回には会場の“メヒコ”コールを誘い出したメキシコ人を、アフマダリエフはぐっと睨みつけてギアを上げた。前傾姿勢のメキシカンを左アッパー、左オーバーハンドで崩しにかかり、4回に鼻柱から血を流した相手を攻め立てる。6回、左フックを効かせてノックダウン。必死にしがみつく腕を振り払い、左フックでダウン追加。それでもまだ出て来るゴンサレスを8回終盤、カウンターの左ショートアッパーで斬り落とす。前のめりにダイブしながら立ち上がった恐るべき勇者を、容赦なく討ち取った。

「今日はひじょうに重要な戦いでした。誰がこの階級の強者かを、しっかりと示さなければならなかった戦いです。肉体も精神も技術も、私が階級でベスト。もし私より強い選手がいたら、私は上回ってみせます」
WBAの次期挑戦権をその手でつかみ、階級最強を目指す軌道に再び乗って、予定のとおりアフマダリエフは、日本へ向かう。12月26日、4本のベルトが一つになる、井上とタパレスの戦いを見届ける。
「まず、指名挑戦者としてそこに行きます。勝者と私は戦わなければなりませんから。第二に、ボクシング・ファンとしてそこに行きます。グレートなファイトを楽しみたいと思います」
初めての日本訪問は、世界最速の4団体王者となるチャンスでなくなったが、だからできることもある。
「第三に、旅行客としてそこに行きます。美しい街を見て、素晴らしい人々と出会って、たくさん写真を撮って。それから、買い物も楽しみなんです」
そう言って勝者は、朗らかに笑った。