
6月22日の土曜日、カリフォルニア州で唯一のボクシング興行、元トンプソンプロのアレックス・カンポノボが率いるCBNプロファイト。ロングビーチのスタジオで行われた小規模興行は満員御礼で大いに盛り上がった。というのもこの日はローカルファイターたちに、なかなかタフなテストが組まれていたのだ。
文・写真_宮田有理子 Text&Photo‗Yuriko Miyata
〇…第4試合スーパーライト級6回戦に出場した無敗の24歳ファン・“ネグロ”・サンチェス(アメリカ)は、技術に長けた左ボクサー、ジェイラン・フィリプス(アメリカ)をと対戦。スタートからフィリプスのスピードと左カウンターの巧さが目を引いて、実直なファイター“ネグロ”にとっては難しい相手であることは明らかだった。それでもサンチェスは怯まずに攻めのギアを上げていく。これまで戦ってきたウェルター級から階級を落として、動きにキレも感じられるサンチェスは、2回から距離を詰めにかかり、3回にはフィリプスをロープ際に追いやって強打を畳みかける。そして4回、右アッパーを機に連打。左フックでダウンを奪うと、再開後に猛烈なまとめ打ちでレフェリーストップまで持ち込んでみせた。時間は4回1分39秒。
「骨のある相手と、いい戦いができたと思います。サウスポーとの対戦経験は少ないけれどちゃんと対応できて、この結果につなげることができました。彼はストップが早かったと感じたみたい。でもレフェリーの判断は正しかったはず」と話したサンチェスは、これで8戦8勝7KO。フィリプスは10戦3勝(2KO)3敗4分。2戦目で、トップランク擁するホープ、アブドゥラ・メイソン(アメリカ)のデビュー戦の相手を務めて以来ずっとアウェーで戦っているが、今回がそのメイソン戦以来のKO/TKO負けだった。
ところで、タフなサウスポーを詰め切って全勝を守ったサンチェス。もちろんまだ無名の6回戦だが、バックアップする陣営の経験値はすごい。「コーチは、懐が深いこのサウスポーをただ追ってはいけない。スマートに戦い、圧力をかけなければならないところでは、自分らしく行きなさい、と指示してくれました」と、24歳のボクサーの信頼と感謝が向かうのは、傍らにいる御年83歳の現役トレーナー、ベン・リラである。ゲンナディ・ゴロフキンのトレーナーとして知られ2015年最優秀トレーナーに選ばれたアベル・サンチェスの師匠だ。名声を得た弟子と互いに助け合う関係を続けていけるのは、絆の深さと二人の人柄によるのだろう。かつてはゴロフキンのコーナーで、サンチェスのアシスタントとして甲斐甲斐しく働く老師リラの姿があった。今は、トレーナー業から引退した名匠サンチェスが、師リラの選手のためにバケツをもってチームの最後尾を歩く。そして、若きボクサーの勝利をともに喜ぶのである。
「今日、ネグロは二つ証明したでしょう。今回のようないい選手をストップする能力があるということ。スーパーライト級が適正ということ。小柄なウェルター級でも彼はパワフルで耐久性もあったが、スーパーライト級ならパンチの鋭さや正確さも出てくる。実際、今日はそれが見えた。転級はいい判断だったと思う。これからが楽しみだよ」、この道ほぼ60年、満面の笑みでそう言うトレーナーの心は、どこまでも意欲に満ちる。
〇…初めてメインイベンターを務めた無敗のライト級、テイダン・ベルトラン(アメリカ)は、セサール・ビジャラガ(コロンビア) に3-0の判定勝ちを収めたが、苦しい戦いだった。長いペース争い。待ちを決め込む38歳のコロンビア人に焦らされ、強振で誘いをかけていたベルトランは、ガードの甘さを突かれることになる。5回終盤、ビジャラガの右クロスを食って千鳥足に。なんとかダウンを拒み切り、ラウンドを重ねていったが、強気に打ち合いを挑んではカウンターに脅かされる場面が目についた。採点は77-75, 二者は78-74。元2団体統一スーパーバンタム級王者ダニー・ローマン(アメリカ)のトレーナー、エディ・ゴンサレスの甥っ子にあたるベルトランは、11戦10戦9勝4KO1分。敗れたビジャラガの方は、これで5連敗だが、ロンドン五輪コロンビア代表という肩書きも納得の、駆け引きの巧さだった。戦績は21戦10勝(5KO)10敗1分。
〇…第2試合フェザー級4回戦。18歳のジャレッド・エルモシーヨ(アメリカ)がアルツロ・エレラ(アメリカ)を3回2分19秒でストップし、白星デビューを飾った。これまで4戦して4つともKO負けというエレラが相手でも、開始から攻め急がず、強弱つけた左で崩していく。2回に右ボディでエレラをひざまずかせたときはスリップの裁定だったが、3回、再びの右ボディでノックダウン。再開後にもう一つダウンを追加してレフェリーストップを呼び込んだ。のちに世界王者となるマーク・マグサヨ(フィリピン)に善戦した中堅リゴベルト・エルモシージョの甥っ子で、叔父にくっついて6歳からジム通いを始めた少年は、アマチュア試合に興味を示さず、数戦ほどしただけでプロになる日を待ったという。落ち着いた試合運びを見せた18歳の次戦を待ちたい。
