
井上尚弥(大橋)戦を間近に控えたルイス・ネリ(メキシコ)が、次のように挑発的に語っていたことを覚えているだろうか。「井上は過大評価されている。パウンド・フォー・パウンド(PFP)ナンバーワンとは言えない。テレンス・クロフォードやジャーボンテ・デービスの方が上だろう」
昨今、井上とトップの座を争うクロフォードはまだしも、最新のPFPランキングでリング誌、ESPN、Boxingscene.comなどが7位から8位に置くデービスの名を挙げたことに、いささか違和感を覚えたのも確かだ。
一方、この二人とネリにはサウスポーという共通点がある(クロフォードは左右二刀流)。同じサウスポーとしてボクサー型ならクロフォード。パンチャー型ではデービスを、自身にとっての到達点として見据えてのコメントならば、否定的に受け取ろうとは思わない。
文_増田 茂 Text by Shigeru Masuda
■もうひとりのモンスター
1994年11月7日、メリーランド州ボルティモア出身のデービスは、井上よりも2歳下の29歳。学年的には一年下だ。サウスポーで身長166㎝、リーチ171㎝。数字上は井上より1㎝背が高いだけ。タトゥーで覆われた上体
の厚みこそライト級を思わせるが、一見して下肢は井上の方が太い。とりわけ下腿部は軸足も蹴り足も実にほっそりとしている。デービスを稀有な突発性ワンパンチフィニッシャーたらしめている秘訣は、ひとつには柔軟性や瞬発力など、ナチュラルな部分での上質な身体特性。そして、5歳にしてグローブを握ったという、井上をも凌ぐ長い競技歴で培ったモーションフォームなど、純粋にボクシング的な身体コントロール術との融合によるものだろう。ローティーン時代のデービスの周囲からの突出ぶりは、同世代時の井上と重なるものがある。アマでは221勝5敗(15敗説あり)。
2012年度の全米ゴールデングローブ大会のバンタム級を制したが、ロンドン五輪出場は当時の規定でAIBA(現IBA/国際ボクシング連盟)主催の国際大会でポイントを稼いだジョセフ・ディアスにさらわれた。翌年、18歳でプロデビューに踏み切っている。
スモールサイズを逆利用し、パンチをかい潜ってぶっ放す下肢から腰、肩、肘、手首、そしてグリップの利いた左アッパーは、デービスの名人芸だ。その代表作であるレオ・サンタクルス(メキシコ)を6ラウンドに沈めた一撃は、デービスにリング誌の2020年度KO賞をもたらしている。
プロでは30戦全勝28KO。世界タイトル戦はスーパーフェザー級6勝6KO。ライト級6勝5KO。スーパーライト級1勝1KOで全13戦全勝12KO。
*2020年10月31日の3階級制覇王者レオ・サンタクルス戦は、スーパーフェザー級リミットの130ポンド契約で行われ、デービスのWBAライト級とサンタクルスの同スーパー・スーパーフェザー級タイトルが同時に掛けられた階級差ダブルタイトル戦。興行上はAサイドであるサンタクルスが勝てば一気に5階級制覇達成という何とも都合の良い設定だった。
リング誌PFPランキング入りは、井上に遅れること実に6年3ヵ月の23年4月。3階級制覇を達成し、アメリカのリングを中心に世界タイトル戦12勝11KOを記録していたデービスにしてみれば、いかにも遅すぎるトップテン入りではないか。
井上は、WBCライトフライ級タイトルに続きスーパーフライ級で長期政権王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)から奪取したWBOタイトルを4度防衛。海外リング登場を前にして10位に顔を出したのだから。
確かに、スーパーフェザー級で最初の世界タイトルを獲得した当時のデービスは、圧倒的な攻撃力と共にメンタル・コントロールの拙さも目立ち、試合内容に安定感を欠いていた。2度目の防衛戦でウェイトオーバーの失態を犯して王座剥奪。試合ではフランシスコ・フォンセカ(ニカラグア)の抵抗にイラつき、フィニッシュはボディを効かせながらラビットパンチのおまけつきという、何とも後味の悪い結末を迎えている。
加えて、DVから暴行傷害、ひき逃など片手に余る逮捕歴を持つデービスの素行の悪さが、その評価に大きな影を落としている点も広く知られるところだ。
デービスのKO率は93.3%。1試合平均消化ラウンド4.6。井上は89.9%で平均6ラウンドだが、井上の場合27戦中22戦が世界タイトル戦という事情を考慮しなければなるまい。
ともあれ、身体サイズ感覚がアジア人やラテンアメリカンよりも大雑把な欧米的視点からすれば、デービスも井上も同じカテゴリーに属するボクサーにみえるのではないか。
■“ダブルイメージ”のパンチャー
デービスのニックネームが、アマ時代から今なお変わらず“TANK”(大砲を装備した装甲車)であることには違和感を禁じ得ない。
小柄ながら頑強な上体を振ってフック、アッパーを間断なく打ち出し前へ前へ。1ラウンドも落とすまいと攻めまくっていたスーパーフェザー級時までのデービスは、確かにそんなイメージを残していた。

IBF王者ホセ・ペドラサ(プエルトリコ)は、アマ時代のデービスに2勝というジョエト・ゴンザレスのスタイルをコピー。軽打をハイテンポで先置きし、強打を抑え込む積極策でデービスを迎撃したが、さすがにアマの3ラウンドとは異なり息切れし、7ラウンドに力尽きてしまった。この一戦でデービスは、世界戦ではキャリア・ハイとなるラウンド平均57.57発ものパンチを打ち出している。
その後、ライト級を制した後の21年6月26日、マリオ・バリオスのWBA世界スーパーライト級タイトルに挑んだ一戦からそうした様相は一変する。バリオスは、デービスが対戦したボクサーの中で最も大柄で、身長は17㎝、リーチも9㎝上回っていた。
デービスは上下・左右・前後に機敏に動き続けながら、時には真っ向からの打ち合いに臨む臨機応変なボクシング。最終的に3度のダウンを奪って11ラウンドTKO勝ちで3階級制覇を達成したが、ラウンド平均のパンチ数は26.9発。総パンチ数ではバリオスが98
発も多く打ち出していた。
また、それ以前の世界タイトル戦8試合でジャッジ3者のスコア上、落としたのは1試合平均2ラウンドにすぎなかったが、バリオス戦だけで11。以降の6戦でもジャッジ3者合計で1試合平均8ラウンドを失っている。
そこにみえるのは、必要以上に打ち合わずに引いて追わせ、打たせて隙をつく。目的遂行のためには、その過程での多少のポイントロスも厭わないという、以前のデービスに欠けていた自制心の利いたボクシングだ。

22年5月28日のローランド・ロメロ戦では、試合前から新鋭パンチャーを挑発していきり立たせる陽動作戦。一見、やみくもに打って出るロメロに攻勢を許しながら、ロープを背に放った狙いすましの左フックのカウンター1発でロメロを戦闘不能に陥れた。
また、23年4月22日に対戦したライアン・ガルシアは、放っておいてもフルスイングで迫ってきた。これをステップとボディワーク、クリンチを駆使して空回りさせ、顔面への左ショートカウンターとレバーへの左ストレー
トで2度倒してストップしている。
ガルシアはレバーブローがトラウマとなり、以後の試合ではボディを打たれると右半身を引いて背中の左半分を正面に向けるようになってしまったが、レフェリーは注意せず、これを指摘するメディアもみられないのが不思
議でならない。

そんなデービスが最も手を焼いた試合を挙げるなら、2試合手前で現WBA世界スーパーライト級王者イサック・クルス(メキシコ)を挑戦者に迎えた21年12月5日のWBA世界ライト級タイトル2度目の防衛戦だろう。
クルスは身長(163cm)もリーチ(160cm)もデービスを下回る、タイトル戦で初めての対戦相手だった。ガードを固め低く構えたフォームのまま打ち出すフック、アッパーが重く、おまけにことのほか頑強だった。
攻防展開の高低差からデービスのアッパーが通常ほど機能せず、執拗なクリンチワークにも遮られて判定まで粘り切られた。支配ラウンド数は22対14と、支配率はタイトル戦で最も接近していた。

■「スリル・キング」をつくる二つの美点
デービスは、パンチャーとしての大きな美点を二つ持っている。キャリアの中途からではなく、一貫してサイズのハンディを背負ってきたデービスは、こと大きな相手への対応力に関して言えば井上をも上回る。
また、アマなら確実にレフェリーのダウン宣告が入るようなダメージングヒットが入ると一瞬見てしまい、攻撃のサイクルが途絶えてしまうボクサーが増加傾向にある中、エフェクティブヒットから詰めてフィニッシュへ持っていく反応が実に速く正確だ。左アッパーで決定的ダメージを与えつつ、すかさず左フックの追い打ちで仕留めた直近のフランク・マーティン戦のKOシーンに、我々はその特徴を顕著にみることができる。
PFPランカーで言えば、この点でデービスに続くのが井上やジェシー・ロドリゲスといった、より軽量クラスのトップボクサーたちだ。デービスが、シャクール・スティーブンソンが払拭しきれずにいる「もどかしさ」
とは縁遠い理由もここにある。
該当クラスにおいて、誰が最も完成度の高い競技力を持ったボクサーかという、PFPの基本的理念に基づいて問われたら、問題なくデービスより井上尚弥を上に挙げるだろう。
だが、たとえば井上対ルイス・ネリ戦、または対ノニト・ドネア(フィリピン)第2戦とデービス対サンタクルス戦やガルシア戦を続けて観たとする。井上の傑出したコーディネーション(調整力)や精度、決定力を感じ
ると共に、質量の勝る有機体が発するエネルギーのボリューム、より強大なデービスのダイナミズムにも劣らず強い印象を受けるのだ。井上のフィニッシュブローは、リスクマネージメントも含めて実に周到に組み立てられた文字通りとどめの一撃であり、観客にも試合の終焉を十分に予想させるタイミングで打ち込まれているものだった。
一方、デービスのそれは一見すると、互いのパンチ交換のさ中で突発的に飛び出し、相手はもちろんのこと、第三者の予測をも超えて試合を終わらせてしまう。
その意味では、井上がファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を70秒で昏倒させたピンポイント・ライトや、対ドネア第2戦で先制のダウンを奪った右ショートカウンターなどは、デービスとイメージの重なるパンチと言えるのではないか。
反面、デービスは不安定な身体バランスでの被弾も目立って多い。ここまでノー・ノックダウンでいられたのは、よけきれなくなってからでも対応の利くリアクションスピードに依るところが大きい。デービスがフィジカル面でピークアウトしてしまえば、その終焉
の訪れは意外に早いかもしれない。
試合の方法論をハイリスク・ハイリターンからローリスク・ハイリターンに、より狡猾なボクシングに移行しながらも、デービスはプロボクシングで屈指のワンパンチフィニッシャーであり続けている。デービス自身がそう望むなら、「その日」まで“Thrill King”の座は間違いなくデービスのものだろう。たとえ“PFP King”までは手が届かなくても。