
7月20日、東京・両国国技館で行われたPrimeVideo Presents LIVE BOXING 9は、全4試合ともKO/TKO決着。前売りで全8000席が完売したという発表を証明する2階最上段までぎっしり埋まった会場は歓声にあふれ、爽快で濃密な真夏の大イベントになった。
写真‗山口裕朗 文_宮田有理子 Photos_Hiroaki“Photo Finito”Yamaguchi Text_Yuriko Miyata
☆メインイベント WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
〇中谷 潤人 (M.T)53.2 kg チャンピオン 28戦全勝(21KO)
●ビンセント・アストロラビオ (フィリピン) 53.3 kg 挑戦者1位 24戦19勝(14KO)5敗
――初回2分37秒KO――

満員札止めの国技の殿堂を、一瞬にして沸かせるジ・エンド。腹ど真ん中をとらえた左ストレート一撃で同級1位を悶絶させた初防衛は、微笑みと戦慄のKOアーティスト、中谷潤人のコレクションにふさわしい作品である。
「自分からアクションを増やしていってKOを狙いたいと思います」。
18日の最終記者会見でそう語ったとおり、先に仕掛けたのはサウスポー王者、中谷の方だった。右ジャブを出してアストロラビオの右を誘い出す。それを外して左を返し、右フックまで。静かなリングから緊迫感が伝わってくる。2度目の世界挑戦に懸けるフィリピン人の覚悟も伝わってきた。かのギジェルモ・リゴンドー(キューバ)を倒して判定勝ちした金星から2年。昨年はジェイソン・モロニー(オーストラリア)のWBO王座に挑戦するも僅差判定を落とし、再び浮上してきた27歳。「何があっても勝って帰る」という言葉は、心の底から出たものだろう。無言のやりとりは少しずつテンションを上げ、たがいのパンチの力感、鋭さが増していく。アストロラビオが強い右を出したあと、中谷は右ジャブを散らして距離を取り直した。ジュント・コールが起き、ほどなくして、終幕が訪れる。チャンピオンは右から長い左を、まず上へ。そして次に放った左ストレートが、チャレンジャーの腹にずぼっと入った。「顔に来ると思ったらボディに来て、パンチが見えなかった」というアストロラビオはたまらずフロアを這い、立ち上がって苦悶の表情をみせるうちにカウントアウト。世界3階級制覇者・中谷が世界タイトルマッチ全7戦で6つ目のKO、初めての初回KO勝ちを収めた。

「最初に右をもらったときに(相手の)気持ちを感じたので、短い試合にならないかなと思ったんですが。ちょっと早すぎるかな、っていうのはありますけれど、初回というのは。(KOパンチに)感触はなかったです。スムーズに入ったので」と、リング上のインタビューで照れ笑いした中谷だが、よりよい勝ち方は常に目指しているものだ。「今回の試合で、統一戦を意識してもらえたらいいなと思っていたのですが、どうでしたか? バンタム級で統一戦をするか、階級を上げるか、もっと大きな試合をするか。どうでしょうね。そういう戦いによってもっと自分も強くなれると思いますし、一つひとつ勝っていって、皆さんが見たい試合に近づいていきたいと思います」。

押しも押されもせぬ、世界の現役ベストボクサーのひとりである。
昨年5月にアンドリュー・モロニー(オーストラリア)をキャンバスへ沈めた終幕は、リング誌やESPNが2023年の年間最高KO賞に選出。今年はリング誌のパウンドフォーパウンド(PFP)トップ10入りも果たした。そしてなお、昨日より今日、今日より明日、強くなることに謙虚で真摯であり続ける。
自身3つ目の王座の初防衛戦に向けた今回のロサンゼルス・キャンプでも、その姿勢は同じだった。実弟の龍人マネージャーとともにジムに一番乗りし、練習に備える。スパーリングの一ラウンド、バッグに打ち込むパンチの一つひとつに、テーマがあり、ベストを追求する。ルディ・エルナンデス、岡辺大介の両トレーナーから何か新しいアイデアを授かれば、実感し、納得するまで練習する。ボクサーのトレーニングとは、同じことの繰り返しに見えて、どこまでも濃度を高めることができるのだ。

そんな充実したキャンプの途中、今回は大きなアクシデントがあった。
キューバ人選手とのスパーリング中に、バッティングで下唇をカット。5針縫う傷を負った。抜糸までの10日間は大事をとってスパーを休止。幸い傷はきれいに塞がりスパーを再開したが、フェイスシールド付きのヘッドギアを急遽購入して万全を期した。
「スパーができない間は、できない分、人のを見て、いいイメージを溜めていました。それをあとは試せばいいと思って。でも再開初日の6ラウンドは、正直キツかったですね。2度目の今日は、スパーの体力が戻ってきたなと思いました」
試合前の大事な時期に、トレーニングの中で一番好きだというスパーリングを一時期でも離れざるを得なかった状況で、中谷は冷静にそう言った。ボクシングだから練習も危険と隣り合わせ。体は痛むし疲労は溜まり切っている。それでもその時々でベストを尽くすことを自身に課してきたボクサーは、今回のアクシデントもそうやって乗り越えた。そして、まるで何もなかったかのようにリングに集中し、1位に立つ挑戦者を、一発で仕留めてみせたのだった。
非の打ちどころが見当たらない。翌日の一夜明け会見で、あらためてそう思わされた。
「反省点はあります。思うところは、あるので」
笑顔でそう言ってしまう中谷潤人がどこまで昇っていくのか、いよいよわからなくなった。

☆第3試合 120ポンド(54.4kg)契約10回戦
〇那須川 天心 (帝拳) 54.4 kg WBAバンタム級7位、WBC12位、WBO10位 4戦4勝(2KO)
●ジョナサン・ロドリゲス (アメリカ)54.0 kg WBAバンタム級4位 21戦17勝(7KO)3敗1分
――TKO3回1分49秒――

初10回戦で、世界4位を鮮やかにストップ。那須川天心の快勝に、場はいっそう華やいだ。
左構えの那須川は、立ち上がりの探り合いで上位ランカーを後手に回らせた。右ジャブから左ストレートをボディへ速射。ロドリゲスが返す左フックをかわして、打ち終わりをとる。これが再起戦でもあるロドリゲスは、セコンドにつく養父レミュエルとともに米北東部ペンシルベニア州からやって来た。州外で戦うのも4度目で、国外遠征は初めてである。昨秋の初10回戦で元世界王者カリド・ヤファイ(イギリス)を初回KOに破り、世界ランク入りしたシンデレラボーイは、今年2月のWBA次期挑戦者決定戦ではアントニオ・バルガス(アメリカ)と大激闘。ダメージを溜めて7回終了時にセコンドの言葉を受け入れ棄権したが、この2試合ともにダウンを奪った右オーバーハンドが“強打者”を印象づける。本人は記者会見で「右が注目されるが、自分はオールラウンダー。勝って帰ることに疑いはない」と語ったが、今回はほとんど、どちらの拳にも、感触を得ることはできなかっただろう。


2回になって、距離を詰めようと努めるロドリゲスの出端を、那須川は叩いた。右ジャブを使って長い間合いを譲らず、ラウンドの最後には相手の打ち出しに合わせて左ストレートをクリーンヒット。ロドリゲスの腰が深く落ちたのを見て、左ストレートと右フックの連打をフォローする。ここはゴングに遮られたが、それは、“予告”だったのだ。続く3回。右ジャブに反応したロドリゲスに鋭い左ストレートをねじ込むと、動きが止まったロドリゲスを、こんどは逃がさなかった。左ボディ、左アッパー。さらに左アッパーから右フック、左ストレートで倒し切る。ロープをつかんで立ち上がったロドリゲスが力なく歩くうちに、陣営の白旗をみたレフェリーがカウントを止めた。今年1月のルイス・ロブレス・パチェコ(メキシコ)の棄権によるTKOとは違うフィニッシュに、那須川の歓喜があふれ出た。

「ありがとうございます。やってやりましたよ。KOできないって言ったの誰ですか? この日のために毎日毎日心を整えてやってきたので、いい成果が出て嬉しいです。(倒したパンチは)手ごたえはなかった。本当でした。この感覚をつかんでホッとしています。進化できたと思います」。
喜びの影に、苦しんだ時期があったという。試合の数週間前に陥ったというスランプ。
「自分が思った動きができなくて、いろんなことをやってきました。3戦で自分のかたちができあがったと思ったけれど、実ははそんなこともなくて。長距離、中距離、短距離、いろんな打ち合いをやってみて、そこで迷うこともあったんですが、やっていくうちに研ぎ澄まされて最終的にハマって」。

試行錯誤のすえに到達した、勝利だったのだ。
「壁にぶち当たってもそこから逃げずに取り組んだ結果、今回の左ストレートにつながったと思います。あれはいろいろ練習してきたパンチの一つで、タイミングがあったパンチ。倒そうとは思ってなくて、流れがきたときに打つことができました」。
一夜明け会見では次戦についてもコメントした。「間隔をあけずにやりたいですね。紅葉が楽しめる季節に」。
格闘技の申し子である那須川天心だからこそできるボクシングがあるのだろう。デビュー1年5ヵ月。彼の言う「天心という芸術」が完成していく過程を、純粋に楽しみたい。
WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ12回戦
田中 恒成(畑中)チャンピオン
ジョナタン・ロドリゲス(メキシコ)挑戦者12位 計量失格
――中止――


☆第2試合 WBO世界フライ級王座決定戦12回戦
〇アンソニー・オラスクアガ (アメリカ)50.5 kg 同級3位 8戦7勝(5KO)1敗
●加納 陸(大成)50.7 kg 同級2位 29戦22勝(11KO)5敗2分
――KO3回2分50秒――

完全なノックアウトによる戴冠劇。それが、爆発的にみえて練られたワザだったからすごい。右でガードを弾き飛ばして、空いたアゴに左アッパーを打ち抜く、という……見事なコンビネーションがスローモーションでリプレイされると、ひときわ大きなどよめきが起きた。「このパンチは、僕のコーチが今回の成功のカギになるパンチだと言っていたものです。その通りになりました」。日本で泣いて、日本で笑った、“プリンセサ”オラスクアガ。「ジュント、安心して、勝ったから」と、リング上からカメラを通し、控え室でメイン出場の準備をする友、中谷潤人に勝利を報告する。東京・有明で急遽の代役を引き受けて挑んだWBC/WBA世界ライトフライ級王者・寺地拳四朗(BMB)に9回ストップ負けを喫してから15ヵ月。今度こそ笑顔でベルトを巻き、そして対戦相手を称えることも忘れなかった。
「カノウとリングをともにできて光栄です。素晴らしい選手だった。ファイトに来て、だからこそいい戦いになった」。

勝者が言うとおりだった。上位にランクされるサウスポー加納は、軽量級ばなれの強打者オラスクアガと真っ向勝負した。高山勝成(仲里、当時)のWBOミニマム級王座への挑戦以来8年ぶり、待望のチャンス。「全体の底上げに取り組んできました。どう考えても打ち合いになると思いますので、そこで自分が打ち勝つという試合内容を見せていきたいと思います」と加納は会見で語ったものだ。プロ6戦目で見せた寺地への大奮闘をみれば、あの強打者と打ち合うのは危険きわまりない。それでも下がってかわせる相手でないならば、打ち合いの中にできるスキを突くまで。そういう決意だったとみる。加納は試合開始から、先に手を出した。左ストレート、右ボディを打って出る。そして、冷静に対応したオラスクアガが、戦闘を開始した。ショートカウンター、右アッパー、フックのダブルと、次々にパンチをつなぐ中、左ボディを効かせて圧倒する。2回には、加納の左の打ち終わりを右アッパーでとらえ、ショートレンジに持ち込んだ。

もしも加納が半身で空間を生かすサウスポーだったら、展開は違ったかもしれない。オラスクアガは、プロ6戦中サウスポーと戦ったのは1度だけ。キャンプ中、スパーリングの様子を見ていた中谷は少しばかり心配そうだった。「サウスポーは得意じゃないかもですね。手が出なくなる時がある……。自分とやってた時は、そんなこと感じませんでしたけど。トニーは爆発力があるので、調子に乗せないことを考えて向き合ってました」。今日のオラスクアガは、調子づいていた。コンビネーションが止まらない。そして3回、被弾を重ねてなお懸命にパンチを出し、上下を叩いて打ち合う姿勢を崩さなかった加納を、オラスクアガは狙い撃ったのだった。

「日本に来るたびにたいへんな応援をいただいて、ありがとうございます。前へ進み続ける特別なチャンピオンになっていきたいと思います」。そう語った新チャンピオンは、盟友ジュントの圧勝を見届けて、ともに並んで会見した。幼少期、ルディ・エルナンデスの家で暮らし始めた時から、運命の輪は回っていただろう。最初にボクシングをさせてみた時から光るものがあったと認めた上で、エルナンデスは言う。「ジュントもトニーも、彼らの努力なくして、今日はありえないんだ」。

ベルトを愛おしそうになでるオラスクアガに、今後のビジョンを聞いてみた。「できれば、ケンシロウと再戦したい。今日、僕はチャンピオンに勝ってチャンピオンになったわけじゃない。ケンシロウというチャンピオンに勝ちたいね」。ライトフライ級の世界王座を返上し、フライ級へ上がってくる寺地ともう一度。今日とったWBOのベルトが、リベンジへのチケット、となるかもしれない。
☆第1試合 スーパーミドル級6回戦
〇荒本 一成 (帝拳) 75.8 kg デビュー戦 1戦1勝(1KO)
●ムングンツォージ・ナンディンエルデン(モンゴル)76.1 kg 5戦2勝(2KO)2敗1分
――TKO6回1分9秒――

アマチュア12冠のエリート、荒本一成のプロデビュー戦。試合後に自身が「洗礼みたいな感じですね」とため息をついたとおり、タフな戦いだった。荒本は序盤から距離をつめて左ボディを差し込んでいったが、骨のあるモンゴル人と一進一退の乱戦模様になった。4回にヒットを増やし、左カウンターから圧していったが、5回はナンディンエルデンに攻め返された。5回中盤にローブローをとられてモンゴル人に休憩が与えられた後、それでもボディを攻めていった荒本。最終回も手を止めず、相手の右打ち終わりにあわせた左フックを顔面に決めて、痛烈ノックダウン。前のめりに落ちたナンディンエルデンを見て、レフェリーが試合終了を宣言した。
KOデビューを果たしても、インタビューのマイクを向けられた荒本はバツが悪そうだった。開口一番、「すんません、ほんますんません…ありがとうございました」と。
「ちょっとね、もう、はぁ…洗礼みたな感じですね。いろいろ感じました。1ラウンド目でわからなダメなんですけど、相手のパンチも生きてたので、相手の巧さに付き合ったところもあります。歓声が聞こえて、めっちゃ力になりました。ありがとうございます。パンチはあるんですけど、試合になったら違うなってのもありますし。フックは練習していたことなので、勝手に出ましたけど…相手のファイターに付き合ってしまったのが心残りでもありますし…正直、いい勉強させてもらいました。ふっ…最悪の出来やったんで、ちょっと休んで、まだまだ練習して、いずれはこの舞台に戻ってきますので、みなさん期待しててほしいです。(応援に訪れていた高校時代の同期、今永虎雅=大橋の方を向き)あー! 試合終わったとこやのに、ありがとうね。もうやっぱし…まだまだアカンわ…ハハ…。また教えてください、いろいろ」。
そこまで卑下せずとも、と思うほどへりくだった勝利者インタビューは、ファンの心をつかんだんじゃないだろうか。
