第9回 知られずに終わる!? IBA–PROの異世界
文_増田 茂 Text by Shigeru Masuda
◆第2部 縮みゆくIBAの行方
■IOCからの三下り半
一方で、IBAへの逆風は強まるばかりだった。20世紀終盤からにわかに表面化し始めた「判定」に関する種々のトラブルに端を発し、組織内の勢力争い。犯罪組織関係者と思しき人物の会長就任。特定国・企業との金銭上の癒着とその不透明な流れ。審判買収、メダル売買…。すでに他で報じられた数々の具体例をあらためて詳記しようとは思わないが、大会の度にボクシング競技がオリンピック史に刻む負の記憶は後を絶つことがなかった。
オリンピック実施競技を統括する組織として、コーポレートガバナンスとコンプライアンス両面の適正を問われてIOC(国際オリンピック委員会)監視下に置かれ、IBAの東京大会での競技運営資格停止が決定したのは、19年6月26日のIOC総会でのことだ。
競技自体はIOC内部の特別部会の運営の下に実施されたが、この時点でボクシング自体が実施競技から外される危機的状態に陥っていたことは記憶に新しい。この決定は続くパリ大会にも適用され、予選も既存のIBA管理外の大会を対象に実施された。
そして、組織改革と競技運営の改善が進まず、折からのロシアによるウクライナ侵攻に関しては、ロシアとその同盟国ベラルーシの選手への運営大会への出場停止処分解除という親露的対応でアメリカや西欧各国から孤立。さらに近年のIOCからの対応に強い疑義を申し立てたIBAは23年6月、オリンピックにおける競技統轄団体として史上初の承認取り消し処分を下されるに至った。
IBAに代わる競技統轄団体の設立を五輪実施競技としての存続条件としていたIOCは、IBAの現状に危機感を抱く諸国により立ち上げられたWORLD BOXINGを暫定承認。併せて2028年ロサンゼルス大会における男女ボクシング競技実施を決定したのは本年3月17日のことだった。
ウズベキスタンやカザフスタンなど、親露有力国は日本と異なりIBAから脱退こそしていないものの、WORLD BOXINGとの完全な二股状態にある。二股とは言え、少なくともWORLD BOXINGの手中に移行したオリンピック公式予選より、IBA主催大会にボクサーを優先出場させることはあるまい。選手層の厚さを活用してのサブチーム(二軍) 派遣がせいぜいというところではないか。
■分裂割拠する国際大会
IBA CHAMPIONS’ NIGHTは2025年1月31日のモスクワ大会を以って終了。代わって、スケールもクオリティもワンランクダウンした“IBA Pro”という名の興行へと移行した。
IBA Pro.1は前述(※第1部参照)した3月7日のバティルガジエフのタイトル防衛戦がメイン。{2}のメインは元WBO&IBF世界ライトヘビー級王者セルゲイ・コバレフ(ロシア)の引退試合。{3}はWBAゴールド&IBAインターコンチネンタル・スーパーウェルター級王座決定戦12回戦。WBA11位パベル・ソウスリン(ロシア)対ルーカス・バチスダ(アルゼンチン)。{4}ではWBAクルーザー級6位レナール・ペレス(キューバ)と同13位アレクセイ・エゴロフ(ロシア)によるIBAインターコンチネンタル王座決定戦とサラ・チルコビッチ(スロベニア)対ロマネ・ムーライ(フランス)のIBA女子世界バンタム級王座決定戦のダブルメインだった。

また、去る3月31日から4月5日にかけてブラジルのフォス・ド・イグアスで開催された“WORLD BOXING CUP”は男子5階級、女子4階級に16ヵ国から男女134人のボクサーが出場。男子はウズベキスタンが3階級を制覇し、カザフスタンとブラジルが各1。女子はアルゼンチン、ポーランド、イタリア、ノルウェーが各1で分け合った。
もう一方の雄と言うべきキューバ勢はと言えば、4月11日、自国のリゾートタウン、バラデーロでの興行に主力4選手が「プロ試合」に出場。東京五輪ヘビー級金メダルでWBAブリッジャー級1位のフリオ・セサール・ラクルスは同2位ディラン・プラソビッチ(モンテネグロ)との指名挑戦者決定戦に3ラウンドTKO勝ち。リオ五輪ミドル級、東京五輪ライトヘビー級で金メダル。パリでは再びミドル級で銅メダルのアルレン・ロペスはマルチン・エセキエル・ブラシオ(アルゼンチン)を10ラウンド判定に下してWBAラテンアメリカ・ライトヘビー級王座を獲得。パリ五輪ライト級金メダルのエリスランディ・アルバレスはブライネル・バスケス(ドミニカ共和国)に28秒KO勝ち。同スーパーライト級王座に就いた。2011年はバンタム級、13年と15年はライト級でIBA世界選手権優勝のラサロ・アルバレスはミゲール・ケリス・サントス(ドミニカ共和国)に8ラウンドTKO勝ちで同ライト級王座を獲得した。同興行はIBAを外した“CHAMPIONS’ NIGHT”という名称で行われた。

金メダル6、銀メダル1個を獲得したフェリックス・サボン(キューバ)photo©boxrec.com
惜しまれるのは、1974年にキューバのハバナで第1回大会が開催されたIBA主催の世界選手権大会が、実質的に分裂してしまったことだ。第4回大会まではオリンピックの中間年に4年おきに開催され、1988年のソウル五輪の翌年からは隔年開催となった。参加国も100ヵ国を超え、オリンピックに次ぐ大会としてのステイタスを確立していった。
当初、英国のリバプールで9月に開催予定だった25年大会は、英国勢(イングランド、スコットランド、ウェールズ)のIBA脱退によりカザフスタンのアスタナで5月開催に変更となった。ただし脱退国が相次いだため、参加国はロシア、中央アジア、東欧、キューバといった旧社会主義諸国に偏って、“AIBA WORLD CHAMPIONSHIPS”開催以前の東側諸国の大会というカラーに回帰してしまうように感じられる。
これに対し、リバプールでは当初の日程のまま“WORLD BOXING CHAMPIONSHIPS”が男女共催で実施されるという。こちらはロシアとベラルーシを除く大多数の参加が見込まれるものの、もはや世界戦選手権大会のオリジナル・イメージは保てまい。
■IBAは終末への最後の扉を開けたのか
IOCに見捨てられ、もはやアマチュアボクシングに活路は見い出せず、さりとてプロ統轄団体としてはソフト(選手)面の絶対数不足は否めない。プーチン大統領の肝いりで単独スポンサーに迎えながら、IOC対策にいったん絶縁した世界最大の天然ガス取り扱い企業ガスプロムは、その後のウクライナ侵攻の影響で収益が激減。代替スポンサーとなったオーストラリアの大手スポーツ用品企業STING社は23年11月、抜けめなくWORLD BOXINGとも4年間の独占的スポンサー契約を締結。ロサンゼルス大会での最有力オフィシャル・グローブ候補と言われるだけに、今後もIBAとの契約を継続するか疑わしい。
そんな斜陽のIBAが、思いもよらぬ奇策を公式HP上で公表したのは5月5日のことだった。19世紀末にいったん廃れながら、21世紀に入ってアメリカとイングランドを中心に復活。小規模ながら活動が続けられている“BARE KNUCKLE BOXING”(素手ボクシング)の統合管理に着手するというものだ。

クレムレフ会長曰く「IBAはボクシング競技革新の最前線に立ち続けるとともに、ボクシングの起源を尊重しているため、ベアナックル試合の統括団体となるという発想に至りました。これはボクシングの本質への回帰を意味するものでもあります」
そもそも、アマチュアボクシングを格闘技としての「本質」から乖離させ、プロボクシングとは基本的に趣を異にする競技に変容させてしまった原因は、IBAがAIBA時代から頻繁に繰り返し実施してきたルールのマイナーチェンジにあるはずだ。まさに何をか言わんやではないか。
なお、“IBA BARE KNUCKLE”の詳細は6月17日、イスタンブールで開催する記者会見で発表の予定とされている。筆者の知る限り、現時点における“BARE KNUCKLE BOXING”の最大勢力はアメリカ東部の古都フィラデルフィアを本拠とするBKFC(Bare Knuckle Fighting Championship)だ。主要な選手は総合格闘技からの転向組と元プロボクシング世界王者らが占めている。今後、IBAはBKFCといかなる関係性を構築していこうとするのか、またはまったく独自の途を進むのか。また、WBAは弱体化し、方向性の定まらぬIBAをこのままアシストし続けるのか。ソフトとハードの両面からIBAがいつまで稼働し続けることができるのか。多大な不確定要素が残るが、まずは6月の正式発表を待たねばなるまい。