第10回 Gift
“BUD”の「偉業」とアメリカンボクシングの閉塞感
文_増田 茂 Text by Shigeru Masuda
◆第2部 アメリカは死なず、されど…
■PAX AMERICANAの亡霊
20世紀のプロボクシングは、まごうことなく“Pax Americana(アメリカの覇権の時代)”だった。世界タイトル戦の大多数はアメリカで行われ、世界ヘビー級王者は7割方はアメリカ人ボクサーだった。スーパースターと呼ぶべきボクサーも概ねアメリカ人で、彼らが戦うビッグマッチが競技の土台を潤した。そうした環境下で生まれた二つのロジック(ご都合主義的論理)が業界に浸透していった。
“ヘビー級が動くが如く、ボクシングは動く”というヘビー級偏重思考。もうひとつは、今日言うところの“アメリカ・ファースト”の愛国思想だ。そうしてプロボクシングの歴史はアメリカ的史観の下に構築されてきた。
20世紀最終四半期にモハメド・アリの時代が終わり、後継者ラリー・ホームズのカリスマ性欠如が発覚しても、ミドル級近辺の才能豊かなボクサーが代わって業界を支えるうちに、マイク・タイソンというビッグタレントが登場して見事に場をさらっていった。
だが21世紀を迎え、ヘビー級の覇権は100年ぶりに大西洋を渡りヨーロッパに帰還した。マネー・フローのメインストリームは、HBOやSHOWBOX、ESPNからDAZN、Netflix、Amazon Primeといった配信メディアへと移行。ビジネス上の最高権力者の座も、もはや米英のプロモーターではなく、オイルマネーを後ろ盾とするサウジアラビアの政府要人に占められている。
プロボクシングが“Pax Arabiana”(アラブの覇権期)を迎えてなお、彼らの意識は基本的に変わらない。「アメリカ・ファースト」の思い上がりがこびりつき、現状認識の再構築に努めるどころか、フロイド・メイウェザー以降、競技のアイコンたるべきアメリカ人ボクサーに事欠く危機感が、歪んだ愛国心をいっそう増幅させてしまったかのように思う。
プロボクシングのビッグファイトがPPVのトップセールスを記録した時代が終わり、世界タイトルの防衛回数や複数階級制覇の価値観は右肩下がり。今日では統轄団体乱立状況を逆手に取った4団体統一ビジネスと、恐らくは意図的に注目度を高めたビジネスツールとしてのPFPランキングを組み合わせたステイタス・メイキングに腐心している。
また、半ばRiyadh Seasonの広報誌化しているリング誌も、この先さらにZuffaに転売されるような事態を迎えれば、創刊100年を前にその実質的な役割を終えることとなりかねない。それでもPax Arabianaの下での存続よりも、アメリカ企業への従属をアメリカ・メディアは良しと報じることだろうが。
■PFPはなぜ敗者に優しいか
リング誌のWEBサイトで公表されているPFPランキングの選考基準は①試合結果、➁パフォーマンス(試合内容)、③実績だが、この3点はそれぞれが相互作用下にあって、たとえばネームバリューの影響下に置かれる3点めを重視すると、リアルタイムの競技力を見誤り、正確な総合評価から遠ざかることとなる。PFPの考案者ナット・フライシャーが取り除いたはずのHeavier the Better(重いクラスほど価値がある)信仰が復活したアメリカ・メディアの選考する同ランキングで井上尚弥(大橋)のような条件不一致な存在がトップを争う現状は非常事態にほかならない。
そのため、少しでもクラスを上げ、彼らがいまだにメッカと信じて疑わない北米のリングでより多くの試合をさせることで彼らの論理の中に取り込んでしまいたいのだろう。
さて、試合前のリング誌PFPランキングで、クロフォードは3位。アルバレスは8位だった。ビジネス上のAサイド待遇はアルバレスだが、実際のところアルバレスの真の役回りはクロフォードをふたたびトップに持っていくためのスケープゴートではなかったか。
本来2階級上のボクサーであり、過去の豪勢な実績をことさら強調することで、オッズ上は有利なポジションに置かれていたが、現時点での力量評価が明らかに欠落していた。
アルバレスが1度はダウンを奪いながら、結局倒し損ねたボクサーはクロフォード戦前直近5試合で4人もいる。そのうち、エドガー・ベルランガ(プエルトリコ)、ハイメ・ムンギア(メキシコ)、ジョン・ライダー(イギリス)らは、その後の試合でKO・TKOの惨敗。ジャーメル・チャーロ(アメリカ)は再起していない。唯一、ダウンの無かったウィリアム・スクル(キューバ)戦は、両者のパンチ打ち出し数合計が445発。12ラウンド制でCOMPUBOX計測史上最少を記録したが、その原因は152発、つまりラウンド平均12.67発しかパンチを打たなかったアルバレスの怠慢さに因るところが大きい。


対戦の潮時と判断したクロフォードと陣営の観察眼の確かさは、2年11ヵ月ものブランクがありながら時の統一世界ミドル級王者マーベラス・マービン・ハグラー挑戦を決意。満願成就したシュガー・レイ・レナードを彷彿させる。
もっとも、ハグラーもアルバレスと同様ピークこそ過ぎてはいたが、アルバレスほどナマクラにはなっていなかった。最も異なるのはハグラーとは違いアルバレスの勝利を支持する声がまったく聞かれないことだ。
予定通り、クロフォードは1年5ヵ月ぶりにPFPのトップに復帰し、実質的完敗を喫しながら、アルバレスはランキング上、2ランクダウンの10位にとどまっている。
クロフォードを2度までPFPのトップにのし上げた二つのビッグファイト、アルバレス戦と23年7月29日のエロール・スペンス戦は、試合前後の背景に重なる部分が多い。
4団体統一世界ウェルター級タイトル戦をクロフォードはPFP3位、スペンスは4位で迎えている。スペンスはコロナ禍と2度に渡る交通事故による負傷のため、クロフォード戦前の4年間に2試合のみ。クロフォードもまたトップランク社との契約トラブルにより、20年代に入って年1試合だけだった。
とりわけスペンスは、事故の影響からフィジカル面に陰りが感じられ、タイトル戦は接戦が続いた。それでも、水面下で進行するアメリカ人ボクサー同士によるタイトル統一戦興行への忖度。これまで2位が最高位だったクロフォードをトップに躍進させるための格好の対戦相手としてスペンスのランクが揺らぐことはなかった。
そしてスペンスはクロフォードにワンサイドの惨敗を喫しながら、翌月はツーランクダウンだけの6位。その後、1試合もこなさぬまま1年間もランキングに残された理由は容易に想像がつく。スペンスが実力的に大きく劣ったのではなく、クロフォードがそれだけ傑出していたというイメージ操作のため。加えて、再戦条項付きの対戦契約を考慮し、再戦が実現に向かった場合に備えてのことだ。
この点についてリング誌は、少々のブランクがあっても過去の実績を考慮しすぐにランクを大きく落としたり外したりはしないという当たり障りのない応答をしていたが、それもまた、オリジナルPFPの基本理念から大きく外れる対応ではないのか。
そして、スペンスの「白内障に罹患していてクロフォード戦前に手術を要したが、そのまま試合を行ったためにパンチがよく見えていなかった」とのSNS上の生々しい背信的カミングアウトは、「見えざる手」によって瞬く間にWEB上から抹消されてしまった。
PFPランカー同士の対戦は、当然のこと両者のランクの合計数値が少ないほど格付け評価は高い。クロフォードが1位に上がり、アルバレスは10位となったが、順位合計は変わらず11と上手く出来ている。再戦が怪しくなり、ブランクも余儀なくされるアルバレスのランキングの今後の推移が気にかかる。
直近のPFPランカー対決としては2月22日の4団体統一世界ライトヘビー級タイトル戦が記憶に新しい。5位の前WBA王者ドミトリィ・ビボル(ロシア)が4団体王者で4位のアルトゥール・ベテルビエフ(カナダ)を判定で下して雪辱したのだが、両者のランクが入れ替わっただけ。試合は接近した内容ではあったが、ビボルは少なくともクロフォードに代わって3位とすべきではなかったか。
ともあれ、今回のアルバレス戦の勝利によって、アメリカ・メディアはクロフォードと井上尚弥とのPFP比較論を俎上の中心から外そうとしている。代わってクロフォードとシュガー・レイ・レナードやフロイド・メイウェザーといったクラスの重なる歴代グレートとの比較論証にご執心なのだ。
“Once In A Lifetime”以前の時点で、リング誌PFPランキングに名のある同国ボクサーは4人いた。3位クロフォード(スーパーウェルター級)。6位ジェシー・ロドリゲス(スーパーフライ級)。9位シャクール・スティーブンソン(ライト級)。10位デビッド・ベナビデス(ライトヘビー級)だ。
集客力、メディアへの訴求力ではクロフォードを凌ぎ、1年前までポスト・クロフォードの有力候補だったジャーボンテ・デービスは素行の点で問題があって7位が最高位。ラモント・ローチとの拙戦でランクから外れ、さらにエンターテイメント・ファイトに舵を切ったことで行く先が危ぶまれている。
ロドリゲスは、すっかり力の落ちた同級元王者勢を立て続けに食ってきたが、現在のところ、アメリカ・メディアが散々難クセをつけてきた井上より2階級も下なのだ。さらにランクを上げる材料も現時点では見当たらない。寺地拳四朗(BMB)が首尾よく3階級目のスーパーフライ級タイトルを獲得したらランキングに復帰させ、PFPランカー対決という箔付きの一戦が作られるかもしれない。
またスティーブンソンとベナビデスは順位的にみて、バムよりももうワンステップが必要だろう。クロフォードも、年齢的にそう長いスパンでの見通しは立たないが、相手を選んで年1試合のペースで試合をこなすなら2、3年はもつだろう。次なる手立てはその間に考えればいい。
こうした現状を踏まえてリング誌バージョンのPFP論に照らすなら、たとえ井上尚弥が中谷潤人(M.T)にいかなる勝利を収め、再びPFPトップの座を占めたとしても、残念ながらそれは一過性のことと終わるように思われてならない。
◆エピローグに代えて
■ZUFFA BOXING(UBO)vsアルファベット連合の構図
第1部(※10月25日掲載)では説明不足だったが、これは現行の主要4団体に加え、さらに5番目の団体が
誕生するというだけの話ではない。端的に言うなら、遥かに潤沢な資金力を有する組織によってクラス設定もランキングも、それに付随する基本的ルールにも手を入れられて、プロボクシングという競技そのものが分裂の危機に瀕しているということなのだ。
ZUFFA BOXINGの新団体UBO(Unified Boxing Organisations)の全容については、運営成否のキーポイントとなるトップボクサー囲い込みの進捗状況に沿って改めて触れたい。上部組織TKOホールディングスのマーク・シャピロ社長によれば、既に参加予定のボクサーは200人に達しているという。
スローガンの意味合いを含めて強硬策を打ち出したZUFFAだが、活動が軌道に乗るまでは既存各団体とのかけ持ち活動を認可する融和策を執る可能性が高い。条件次第では参加ボクサーはまだまだ増えていくだろう。

10月29日、フィリピンのケソン市にあるアラネタ・コロシアムで開催されたモハメド・アリ対ジョー・フレイジャー第3戦50周年を記念するオマージュ興行“Thrilla in Manila Ⅱ”のもう一つの興行名は“IBA-PRO.11”だった。
IBA-PRO興行を主催するIBAと、同大会へプロボクサーのブッキングをサポートしてきたWBAが、フィリピン国内の興行を管理するGABにも絶大な影響力を持つ元世界6階級制覇王者、マニー・パッキャオに働きかけて実現させたアジア圏では初の興行となる。
内容的には9試合までが判定決着となり、YouTubeのライブ配信をみているだけでスリルよりも疲労が先立って感じられる10時間超えのロングラン興行だった。
実際にスリリングだったのは、興行運営にWBAはタッチせず、これまで反IBAの姿勢を一貫してキープしていたWBCのタイトル戦主体の興行となってIBA—PRO仕様の試合がワキに回っていた点だ。
WBC世界戦1試合。WBCインター王座戦3試合。GABのユース王座戦1試合。プロのノンタイトル戦4試合。IBAの地域タイトル戦(8R)が2試合の全11試合。
JBCもレフェリー派遣というかたちで協力しており、WBCのサポートが今後も続くなら、組織運営の危機に陥っていたIBAを一時的に救うこととなる。それはIBAの既存団体連合への囲い込みを意味するものだ。
マウリシオ・スライマンWBC会長は、サウジアラビア総合文化庁主催のRiyadh Season後援下にある“WBC BOXING GRANDPRIX”決勝を目前に、Zuffa(UBO)との全面対決も辞さずと舵をきったということか。
“Thrilla in Manila Ⅱ”と時を同じくして、コロンビアのボゴタでWBO第38回年次総会が行われた。重要事案としてZuffa(UBO)の活動の実態とその対応が取り上げられ、グスタボ・オリビエリ会長と、出席していたIBFのダリル・ピープルズ会長が共闘を推進する声明が発せられたものの、やや後手に回っている感は否めない。主要4団体が一枚岩でなければ、ビジネス面でのアドバンテージであるソフト(ボクサー)供給面での優位性は大きく損なわれてしまうだろう。
Paramount+をプラットホームに年12回の配信が予定されるZuffa(UBO)ボクシングシリーズの初回配信は来年1月。またParamount傘下に買収される際にリストラされたCBSのスポーツ部門を再構築し、地上波放送でのボクシング中継復活も計画されている。